自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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許しをベースにしている人(ゆるしをべーすにしているひと)

現在の相手を基準にする。素に向き合わない人同士で集合したり共同したりしてしまうデメリットもある。「素で生きなくてもいいんだ」という誤った勘違いを生む可能性もよくある反面、そこに大きな感謝を感じるなどして、自分から自分の人生をうまく歩もうとする人も生まれたりもする。こういうタイプの人は浅くて広い人間関係を築くことがよくある。
162文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月18日

素の自分であることを支持する人(すのじぶんであることをしじするひと)

素の自分を自分としてうまく使うことに注目し、促進することに手助けしたり、サポートしたり、先導したり、指摘したり、気づかせたりする人のこと。自分の人生を歩んで自分らしく生きていくことに対して、いい意味でも悪い意味でも妥協しない。相手の本質だけを見ている。つまりは、本当に自分のことを時には自分以上に見てくれる。
154文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月18日

認め受け入れているから発揮できる厳しさ(みとめうけいれているからはっきできるきびしさ)

相手が本当の相手であるために、いっさいの誤った妥協を許さないという厳しさ。優しさ資質の中の厳しさ。こういう人は、自分のことを本当の意味で理解してくれている人だと思って間違いない。本当の自分で生きたくない人、また向き合わない人をよしとすることはできないので、その人自身狭くて深い人間関係を築いてしまうことがよくある。
157文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月18日

理想主義者に見えてしまう(りそうしゅぎしゃにみえてしまう)

「素ではない自分を受け入れてくれる人」は「素の自分であることを支持する人」を狭く、煙たく、許しはするが受け入れがたい存在に感じる。本来の自分(相手)よりも現実の自分(相手)を受け入れるので、本来の自分に固執して、その視点でしか物事を判別しない相手をして、理想主義者に見えてしまうことがよくある。
147文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月18日

現実主義者に見えること(げんじつしゅぎしゃにみえること)

「素の自分であることを支持する人」は「素ではない自分を受け入れてくれる人」を日和見主義で、厳しさが通用しないことに受け入れがたさを感じる。現実の自分(相手)よりも本来の自分(相手)を受け入れるので、刹那的な自分や相手を許すことからはじめる相手をして、現実主義者として個性殺しに加担しているように見えることがよくある。
158文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月18日

お互いにいい関係を築く(おたがいにいいかんけいをきずく)

「素ではない自分を受け入れてくれる人」が「素の自分であることを支持する人」を受け入れ、「素の自分であることを支持する人」が「素ではない自分を受け入れてくれる人」の本質開拓できれば、お互いにとてもいい関係を築くことができる。
111文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月18日

身に付けるようにしてみる(みにつけるようにしてみる)

片方ができるから、片方は不要だとするのは、人の機能としてはちょっと怠慢。相手を受け入れる許しができる人は、相手の本質を見い出す厳しさを、相手の本質を見いだす厳しさがある人は、相手を受け入れる許しを、それぞれ身に付けるようにしてみると、知覚が、人間関係が、自分の可能性が、それぞれ広がる。
143文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月18日

可能性が広がることを実感できる(かのうせいがひろがることをじっかんできる)

「素ではない自分を受け入れてくれる人」が「素の相手であることを支持する」視点を身につけると、安心の中に信頼と成長、時に強みの共同を促す関係が生まれる。「素の自分であることを支持する人」が「素ではない相手を受け入れる」ことをやってみると知覚が広がり、余裕を身につけ、自分の可能性が広がることを実感できるようになる。
156文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月18日

「素の自分であることを支持する人」を探して自分を生かす(「すのじぶんであることをしじするひと」をさがしてじぶんをいかす)

「素ではない自分を受け入れてくれる人」が身近にいて支えられているのなら、「素の自分であることを支持する人」を探して安定的に自分を生かすことができる。これをしなければぬるま湯に安住して、ただ許しの中で自分らしくない人生を歩むことになる。
117文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月18日

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