自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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慈しみ(いつくしみ)

相手を心から思って、見守って、応援して、適切な距離と相手の本当の自分を見計らいながら、しかし相手が自分で自分をどうにかするというスタンスは決して崩さないという条件を含む。そのために愛する。言わば条件付きの愛。
104文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月23日

慈しみの全体像(いつくしみのぜんたいぞう)

慈しみ(いつくしみ)には、厳島(いくつしま)神社の読み方の厳しさを含む。相手のことは相手が責任を持って進めるというニュアンスを含むので慈しみは厳しさがある。心身の汚れを取り去り自分や相手に仕える~のにはある種の厳しさが必要~のトータルが慈しみ・・・みたいな全体的、感覚的取り方をするとおぼろげに見えてこないかな?
156文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月23日

愛(あい)

触れれば触れるほど「あれも愛、これも愛」なんていうパラドックスに陥ってしまう。実際のところ愛が何かなんてほとんどの人が分かってない。分かってないヤツが愛をどーのこーの言うんじゃねぇ。
91文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月23日

本当に分かってんの?(ほんとうにわかってんの?)

「愛」を持ち出して自分を正当化する、っていうことは本当によくあって、自分が経験してきた、知覚してきた「分かっている範囲内での『愛というのはこういうものです』」を絶対視して「愛」のことを分かった気になるのはいかがなものなのか。
112文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月23日

リテラシーが低い(りてらしーがひくい)

【愛を感じて考えて、としてこなかった人は愛のこと良くわかっていない】とも言える。人は自分の知覚の範囲でしか物事を受け取ることができないので、知覚が狭ければ理解や感覚も狭い。同じことが「愛」に対しても言えるわけです。
107文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月23日

条件付きの愛(じょうけんつきのあい)

たとえば親子愛でも支配の愛でも、愛は愛であったりするわけだ。なのだけど、その愛っていかがなものよ?というのも実際にある。ほとんどの場合、愛を自分の行為の正当化として使う場合が多い。確かに「愛は愛。れっきとした愛」なのかもしれないけども、使い方を間違っている。
129文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月23日

無償の愛(むしょうのあい)

「無償の愛」が「本当の愛」という考え方もあって、でも、もし「無償でなければ愛ではない」と言えるんなら、同時にそれは「愛は無償でなくてはならない」という条件がついてしまうことになる。条件がついたものが愛なのか?なんか違うだろ!?
113文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月23日

気づきの更新(きづきのこうしん)

「愛」にはどうやら種類とか特徴とか、色合いがあるらしいぞということに気がついて来るはず。そのいろんな「愛」を経験しているうちに、自分の中で言葉にできない何か、「こういうことかな」という気づきを得て、でもそれに縛られず「気づきの更新」をし続けることで、自分の持っている自分なりの愛の形というのははっきりしてくるじゃないかな?
161文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月23日

理解(りかい)

理解、というのは浅い。そして強い。「理解」は「わかる」よりも浅くて、表面上の物事に対してだけ発揮される。ただそういうものであるということを理解・・・認識さえすればそれでいい。結論どうなる。物事はこうなっている。ということが表面上理解できていればそれでいい。
128文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月23日

結論が必ず正しい(けつろんがかならずただしい)

例えば、目の間に水がある。もうこれ完全に水です!とか、車はアクセルを踏めば走る、ブレーキを踏めば止まるという理解とか、結論、そうであるということを理解さえしていれば、プロセスの「わかる」が不要になることがよくある。
107文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月23日

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