自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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スケールの誤認は理解によって解決する(すけーるのごにんはりかいによってかいけつする)

理解によってでしか解決しない。小さな糸口は理解しかないし、理解しておけば長い目で見て必ず開花する。スケールの誤認が理解によって定着するのには時間がかかる。が、その時間を消化した後の自分は、そのスケールを生かす場所を探し、新しい方法と視点で活躍してより自分らしい世界を作ることができる。
142文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月24日

関わりから生まれる環境設定(かかわりからうまれるかんきょうせってい)

感情に取り組んでも論理を構築しても、五感や直感を鍛えても、ディスカッションや信頼を築いても解決しない。むしろそういう関わりから生まれる環境設定が、自分のスケールを誤認させる。この誤認は、その後上手くいくように頑張ってしまい、かつ成果を得てしまうのでスケール誤認のまま認識され、強化され、定着する。
148文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月24日

ムダな思考(むだなしこう)

少なからずわれわれは、物事の意味を求めたり、イメージ化したり、納得しようとします。その方がうまく受け取れるからで、ある種の人間の知恵と言ってもいい。なのだけども、行き過ぎると意味がなければ、イメージできなければ、納得できなければ受け入れない、なかったことになる、という弊害もあったりします。
145文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月24日

知覚がスムーズに広がる(ちかくがすむーずにひろがる)

理解は、ややこしい?プロセスを抜きにして進めることで早い結果を得ることができるし、人が意味やイメージや納得を超えたところにある物事をそのまま受け取らせてくれます。
81文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月24日

結果を検証しなければわからない(けっかをけんしょうしなければわからない)

こういう形で理解を使うのはいくつかのメリットがあって、まず物事を、フィルターを通さずに行うことができるので、ありのままの結果を探れること。情報に流される危険性を、あらかじめ省くことができる。そして、最大のポイントは、理解を使って検証する方法を続けていると、物事の本質を見抜く目がつく、ということ。
148文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月24日

わからないがやってみる(わからないがやってみる)

わからないが採用してみるし、行動してみるし、そういう風にする。わからずやったときにしか知り得ない世界というものがある。わからない世界に対する感覚や感性が磨かれることで、理解だけで進めているがこれは行ける!というものと、理解段階でこれは無理だ!違う!とわかる、ということを見分ける目というのがついてくる。
151文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月24日

身に付いたもの(みについたもの)

理解が余分なフィルターを含まずに、結果との整合性でのみ物事を検証して測っていくので、それに慣れてくると、その世界のあり方というのが自然に身に付く。この「身に付いたもの」が、新しい知覚と、それを認識することができる直観になる。知らないものを知っているという矛盾が身に付く。
135文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月24日

知らないものを知っている(しらないものをしっている)

物事の真偽を厳密に見抜くことができるということでもある。知らないものに素直に取り組む世界観がある(つまり理解を使う)人が、その知らない世界のあり方はおかしい!ということがわかっている。理解ではなくわかる。本質的な真偽がわかる。
113文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月24日

理解を使う(りかいをつかう)

事の真偽がわかるということは、ムダで不要な情報に流されないということなので、最初から違うものを選ばないという意味で、努力によってではなく前提によって、速く結論にたどり着くことができるようになってくる。間違いも瞬時に見極めることができるようになる。
123文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月24日

だいじょうぶである(だいじょうぶである)

楽観主義ではなくて現実的にだいじょうぶであるという理解のこと。とにかくだいじょうぶであるという理解を元に進めることができるということ。自分にとって最後に何がだいじょうぶなのかを理解すること。わかるのでもなく、知るのでもなく、理解する。理解の使い方上級編。
127文字 | 読了1分 | 投稿日2015年12月24日

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