自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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自分の近くの欠落(じぶんのちかくのけつらく)

自分の知覚の欠落が、相手への信頼と尊敬を欠落させ、ひるがえって、相手からの信頼と尊敬の欠落、そして欠乏感と諦めを喚起することになる。
66文字 | 読了1分 | 投稿日2016年1月7日

相手をその相手自身として見ることができない(あいてをそのあいてじしんとしてみることができない)

知覚が狭いために、相手を等身大に信頼、尊敬できないということはつまりは、相手をその相手自身として見ることができないということになる。相手を相手の等身大に見ることができないということは、対等に付き合うことができないということになる。
115文字 | 読了1分 | 投稿日2016年1月7日

知覚広げ(ちかくひろげ)

人と対等と付き合うための、信頼と尊敬をベースにした知覚広げは誰にとっても、いつでもどこでも必要になる。そのために素直さや受け入れの態度がある人の方がそれを持っていない人よりも人と対等に付き合うことができる。
103文字 | 読了1分 | 投稿日2016年1月7日

素直さや受け入れの態度(すなおさやうけいれのたいど)

それを持っているから相手の信頼性や尊敬度を受け入れようとできるし、自分の信頼性や尊敬度を上げていくことができる。全体的に信頼、尊敬の知覚が広がるので、人を真に尊敬、信頼できるようになる。
93文字 | 読了1分 | 投稿日2016年1月7日

尊敬の対象として羨望することはない(そんけいのたいしょうとしてせんぼうすることはない)

最も正しく尊敬できているのは自分なので他の人はそこに至らないから、見本のように人を尊敬することはできない。ある意味自己が確立しているので、人をその人自身として尊敬することはあっても、尊敬の対象として羨望することはない。
109文字 | 読了1分 | 投稿日2016年1月7日

人を尊敬するとき(ひとをそんけいするとき)

自分が持っている自分に対する尊敬や信頼をさらにうまくできている人を見つけたときかまだ自分は体現できていないことをやっている人に出会ったときに正しい尊敬の羨望として、自分と相手を認めることができる。
98文字 | 読了1分 | 投稿日2016年1月7日

本当の理解者(ほんとうのりかいしゃ)

尊敬が尊敬を、信頼が信頼を呼び強固な人間関係と信頼関係ができあがる。そういう人と知り合えた人生は幸せといってよく、本当の理解者、というのはこういうところから生まれる。通常は、信頼の認識が違ったり、質が違うということで理解し合えない人の間で起こる受け入れと許しの関係がよくある。本当の理解者の関係ではない。
152文字 | 読了1分 | 投稿日2016年1月7日

人から助けられる人(ひとからたすけられるひと)

何かしら特別なものを持っているのだろうと思われがちだったりする。そんなことはない。特別なものを持っている、ということは決してない。たとえば人徳者、人格者だから人が集まってくるのだということは決してない。
101文字 | 読了1分 | 投稿日2016年1月7日

多くの人が助けているから自分も助ける(おおくのひとがたすけているからじぶんもたすける)

その人を助けるようになっていることの大半は多くの人が助けているから自分も助けるという理由であってその人が素晴らしいかどうかとはまるで関係ない。必ずそれだけの魅力があり、素晴らしいに違いないという心理的理由でつい自分もその人のために何かをしようとしてしまう。思わず何かをしなければ行けない気持ちが喚起される。
153文字 | 読了1分 | 投稿日2016年1月7日

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