自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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千式

【千式】神の領域 0319

ここまで書いてきたことは神の領域ではない。摂理の範疇でしかない。自然であり森羅万象でしかない。そのメカニズムの全体を統括して運ぶのが神の領域になる。(神様ではなく、神)人間に知覚できるはずがない。つまり人間は摂理にチャレンジすることができる。人間も摂理の一部でありながら、その摂理に直接干渉できる力を備えている。他の様々な全体性にも影響を与えることもできる。例えば生態系を壊したり、絶滅種を保護したり……続きを読む
258文字 | 読了1分 | 投稿日2015年7月3日

【千式】真実の可能性 0320

「全体性」と「純性」、「自然放棄」と「超越才能」。この世界の中に人間が探し出すことができるニッチな分野がある。オレはどうせならこれを追い求めたい。良いわけではなく、うまくいくわけでもなく、人から認められず、自分を生かさない、というこの物事の中に人間の真実としての可能性があると思う。この今は「何もない世界」に一条の道筋を作ることをやってみたい。
190文字 | 読了1分 | 投稿日2015年7月3日

【千式】悪い経験 0321

291から320まで「全体性」について書いた。ここからは「告白」について書く。過去にいい思い出はない。悪い思い出ならたくさんある。その経験と記憶もまた、オレ自身を成り立たせる重要なパーツなので書いてみようと思う。過去いい思い出がないのは、うまくいったことは自分にとって「当然」のことであって、喜ばしくワッショイするものとは思っていないからだ。だから強みも成果もその瞬間は嬉しくてもすぐに忘れる。人生視……続きを読む
474文字 | 読了1分 | 投稿日2015年7月4日

【千式】母の系譜 0322

母親が精神を病んでいた。ついぞそういう診断を受けたことはないが、まぁそうだった。沖縄の出身で戦争を体験し、過去のことは語らなかったが今から考えてもトラウマがきつかったのだと思う。親は戦争中に死に子供の頃親戚の元で育った。戦時は看護婦のようなことをやり、そのままその仕事に就いた。戦後アメリカ占領下の沖縄を出て大阪の病院に勤めた。それ以上のことは知らない。聞いたことがない。
202文字 | 読了1分 | 投稿日2015年7月4日

【千式】父の系譜 0323

父は母より7歳年下で、大阪の病院で盲腸で入院していたとき、母と知り合った。島根で生まれ3歳のときおぼろげに原爆のキノコ雲を見た記憶がある、広島からどんどん人が流れてきた記憶もあると言っていた。若い頃は少し易者をやっていたこともあるようだが、オレの記憶では広告代理店でサラリーマンをやっていた。中学に上がる頃から台湾とタイに行きはじめ、どういう経緯かはわからないが高校に入る頃にバンコクで独立して家に帰……続きを読む
267文字 | 読了1分 | 投稿日2015年7月4日

【千式】松原家 0324

父と母の記憶は喧嘩していたことしかない。平和でいい家庭だと思ったことは一度もない。母はトラウマと義務で生きていたし、精神を病んでいてそのとばっちりは毎日受けていた。子供の頃の記憶で言い争いをしなかった日は1日もない。父はあまり自分がなく、自信もなく、なぜ母と結婚したのか不明だが、とばっちりをうけていたオレのことはよくかばってくれた。父が家に帰ってくると泣きつくことが多かったので、家には帰りたくなか……続きを読む
338文字 | 読了1分 | 投稿日2015年7月4日

【千式】野菜は3倍でなく20倍 0325

母親の病的な精神はなかなかすごかった。子供の頃は気に入らないことがあるとマッチに火をつけて燃やすぞと追いかけられ、野菜が大事だと言ってラーメンの上に食べきれない野菜炒めが乗っていたり、ハンバーグが出るときは肉の3倍野菜を食べなければならないといって、10倍のキャベツの千切りが乗り、それを先に食べるとまた同量のキャベツが盛られた。記憶にある限り1度だけ、中学の時に弁当を残して帰ったときはこれは何の嫌……続きを読む
290文字 | 読了1分 | 投稿日2015年7月4日

【千式】監視下におかれていた 0326

そんな精神を病んでいる母親だったので、まぁ理解してくれることはなかった。よく見てはいたというか、監視はされていた。友達とマッチで遊んだ後の状態を見てタバコを吸ったと決めつけられ心からうんざりした。テレビを近くで見ると目が悪くなるということで、アニメの主題歌を録音しているときにテレビが近いと言われ、歌は台無しになった。心から監視と存在がうんざりだった。こうでなければならず、子供もこうでなければならず……続きを読む
262文字 | 読了1分 | 投稿日2015年7月4日

【千式】中学から高校 0327

中学になると母親の精神の病にも一層磨きがかかり変質的になってきた。口論は増え、毎日が生き地獄的な生活だった。まぁそれは幼稚園からだが。。高校に入るとバイトを始めたがバイト先に無駄な電話をしては文句を言ったりされていた。面目が立たなかった。高校卒業とともに家を出たが、つまりは18年間一度も心休まる時はなかった。
171文字 | 読了1分 | 投稿日2015年7月4日

【千式】一方で父親は 0328

一方で父親はどうだったのか。こちらは18で海外に出るまで概ね好印象だった。子供の頃はよく家にいた。本をよく読む人でオレもそれで本を読むようになった。日曜に一緒に本を読んでいるとき、何か話しかけようと思ったが話しかけるまでにどうしようか悩み、ものすごい時間がかかった。話さないこともあった。一度母親の口車に乗って、親としてオレを叱ろうと思ったのだろうが、それを見て白けた。ことの善悪がわからない、アホに……続きを読む
284文字 | 読了1分 | 投稿日2015年7月4日

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