05.相互の関係で生まれる明日

サービスが個人に感情をもたらす。
サービスによってもたらされる感情には、満足、感動、感謝がある。
ではサービスが個人にこれらの感情を生み出すとして、サービスの明日に何がもたらされるのか。

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サービスに満足した利用者は、そのサービスを利用し続ける。
利用し続けることでサービスが機能し続け、そのサービスがもたらす社会貢献は促進される。

サービスに感動した利用者の中には、感動の伝達者になることで、そのサービスを促進する働きかけを行う人が出る可能性がある。
この心理の展開によってブランドは強化され、社会的にサービスが正しく認知される。
あるいは、感動のサービスにヒントを得たサービス事業者が、自社のサービスのしくみと接客を改善したり、コンセプト中心のサービスを見直したりするきっかけを持つことにつながる。

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サービスによって感謝をもたらされた利用者の中には、そのサービスを提供する側に立ちたいと考える人が出ることがある。
医者によって命を救われたので、命を救うサービスに携わろうとする人が生まれる。
サービスを必要としている人に次は自分が提供することで感謝してもらい、感謝した人がまた人の役に立つサービス業に就くという、サービスによる貢献の循環を作り出すことも不可能ではない。

サービスが個人にもたらす感情は、このようにしてサービスの明日を促進させる効果がある。

サービスは社会に対して活動する。
しかし利用者は個人であり、私的にそれを利用する。

お客が私的にサービスを利用するとき、サービスはお客に感情の喚起をもたらす。
その感情は私的にサービスを利用しながら、公的に社会に還元する作用となって反映される。
私的利用と公的貢献が相互作用しはじめる。

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人は、社会で自分の役割や位置を確認することができなくなったとき、生きていることの意味がわからなくなる。
サービスが個人に感情をもたらすとき、人はサービスを利用することで社会での自らの位置を見出し、役割を知り、かかわっていくことができるようになる。
そして自分の役割を、サービスを通じて社会に還元することで提供者となり、再び利用者に感情をもたらす。

これが、サービスが個人にもたらす明日であり、サービスの明日はその個人によって作り続けられる。

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04.サービスがもたらす感謝

サービスはそれを提供した後、個人に対して感謝をもたらす可能性がある。
ただし感謝だけが満足・感動とは異なり、戦略的にサービスに取り入れることはできない。

満足と感動は、行動としての不満足の解消に直接結びつく。
不備を解消するサービスが不満足を解消する。
その不満足の解消が、そのまま満足と感動につながるように、プログラムすることができる。

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しかし感謝は、不満足の解消行為だけでは直接結びつかず、同時に別の条件が満たされる必要がある。

感謝は、ありがたいと感じたときに生まれる感情である。
では人は、どのような場合にありがたいと感じるのか。

生命に関わるなど強度の不備に対して、同じく強度の不満足を感じている状態を解消するとき、感謝される可能性が生まれる。
強度の不備と不満足。
両方が解消されることが、感謝をもたらす前提条件になる。

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たとえば、不治の病という不備を解消する場合であっても、患者がこれ以上生きる希望を持っていなければ、病気が完治しても感謝は生まれない。

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である。

逆に生きる希望を与えることで不満足を解消している状態であっても、病気が治らないことで感謝が生まれない可能性は残る。

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である。

サービスが感謝をもたらすには、強度の不備の解消、強度の不満足の解消という2つの条件を満たすことが前提として必要になる。

しかし両方の条件を満たしていても、感謝されないことはある。
この場合は、第3の条件を満たす必要が生まれる。
お客はサービスに効用を求める。
この効用と、不備の解消、不満足の解消の3つが完全に一致しないと感謝は生まれない。
効用が合っていない場合や、弱い場合に感謝は生まれない。

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重い病気という不備・不満足を完治することで解消したとしても、たとえば代償として片足を失うことで人生に失望する場合などに感謝されないことがある。
それは患者の効用が「五体満足で元の生活に戻ること」であるときに起こる。

これら3つの条件がクリアされたとき、サービスを通じて感謝が生まれる可能性が生まれる。
実際に少なからず感謝を生み出すサービスは、前提として強度の不備を解消するサービスに多く見られる。
医者、弁護士、製薬会社、介護関係、保険などがこれに当たる。
しかしこれらのサービスのどれも、必ず感謝されるとはいえない。

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同じ状況で、同じ不備、不満足を解消し、効用が一致していたとしても、確実に感謝をもたらすとはいえない。
病気が完治し、それによって不満足も解決し、五体満足で退院することができても、お客の心理を将来の不安が占める場合などに感謝されない可能性はある。

逆に小さな不備、不満足を、それとなく解決することで大きな感謝をもたらすこともある。
感謝をもたらすことができるかどうかは、最終的に相手次第である。
サービスによって感謝してもらうことができるという発言は、自意識過剰であるだけでなく、無責任である。

感謝は不備、不満足、効用の前提条件によってはじめて可能性が生まれる。
しかも最終的には相手に依存する。

よって戦略的にサービスに組み込むことは困難である。
部分的に組み込むことができるのは、強度の不備、強度の不満足、効用の一致の、3つの条件が重なり合う分野だけである。

その他のサービスで感謝が生まれるのは、お客が何らかの理由で突然不備・不満足の状態に陥り、接客者がサービスの範囲を超えて緊急的にそれを解消する場合か、感謝する気持ちを持った人間味のあるお客の場合だけである。

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したがってしくみ構築の条件でもある緊急時の対応は、このような状況を想定してマニュアル化される必要がある。
しかし、サービスは接客によって作られるものではないので、これは信頼活動(人間的役割)によってもたらされる特殊なケースと考えた方がいい。

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03.サービスがもたらす感動

サービスは、個人に感動をもたらす可能性がある。

社会に対しては感動を生み出さない。機能を生み出す。
人に対しては効用を満たし、不満足を解消することで同時に感動を生み出す可能性がある。

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感動は瞬間的に感情が高まることをいう。
感情の方向は喜びであって、悲しみや怒りではない。
感動を生み出すプロセスは2つある。

ひとつは、予想すらしなかったことが起こったとき。
もうひとつは、ストーリー性のあるドラマが明らかにされたときである。
前者は一瞬で起こり、後者は徐々に起こる。

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誕生日に友人数名と、イタリアンレストランを利用するとする。
一通り出る料理の中で、母親の味噌汁にそっくりな味の味噌汁が提供される。
友人が、「主賓は母親の味噌汁が一番好きだ」とレストランに伝え、レストランはその友人を介して主賓の母親にあらかじめレシピを聞く。
そしてそのレシピに忠実な味噌汁を作り、イタリアンであるにもかかわらず味噌汁を出す。
このようなときにサービスの受け手は感動する。
可能な限り全ての予想範疇に入っていない物事が起こったからである。

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ただしサービス提供者はこのような感動の喚起を、しくみで定めた範疇で行う。
そしてベテランの接客者によって提供される必要がある。
少なくとも特別利用者を相手にすることのできる、レベル3の接客者である必要がある。

しくみで定める理由は、感動を提供する際に利用者によって提供するサービスに差が出るのを防ぐためであり、ベテランの接客者が行うのは、このようなサプライズをサービスの枠を超えて例外的に提供するからである。

予想しない物事を起こすとき、それは感動をもたらすことを目的とするが、必ず感動するわけではないことも同時に予想しておく必要がある。
そのような場合には、別途対応をしなくてはならない。

また、予想しない物事を起こす方法で感動を喚起する場合は、あらかじめ経験上確率の高いものを体系化してしくみに落としておく。
毎回接客者の臨機応変に頼るのではなく、確実に感動してもらうことができる方法を戦略的に行うことを基準にする。

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人はストーリーに引き込まれる。
興味があればなおさらである。
そして、そのストーリーにドラマがあるとき、人は感動する。
ドラマがないストーリーは感動をもたらさない。

映画、本、テレビドラマなどの番組は、このルールに直結したサービスである。
その他のサービスにもこのルールを応用することができる。
結婚式を提供するサービスは、新郎新婦の出会いや子供のころからのストーリーをドラマ化して、式場で映像を流すことがある。

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人は感動するドラマに必ずメインテーマがあることを知っている。
つまりサービスによってストーリーが提供されるとき、お客はこれからドラマが展開するということを心のどこかで予想する。
したがってストーリーとドラマによる感動は、感動することがあらかじめわかっているお客に対して、徐々に感情を高ぶらせ、クライマックスで頂点に達するようにしてもたらす。

ストーリーとドラマによってサービス利用者が感動しながら、それがサービスによってもたらされる感動ではない場合がある。
たとえば提供するサービスの歴史や、商品へのこだわりがドラマ化されることがある。
サクセスストーリーである。

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それを見て感動した人が、そのサービスを利用しようと考えることがある。
これはマーケティングによるブランド構築の一環で、サービスではない。

サービスが個人にもたらす感動は、サービス提供のプロセスを通じて行われる。
サービスが直接感動を提供するのであって、サービスの(立ち上げや、こだわりの)ストーリーに感動してもらうことで生み出されるものではない。

サービスの展開に、

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むしろ提供するサービスの種類や、規模によっては不必要ですらある。
サービスは社会機能である以上、サービスそのものが常態になることを目指す。
人が当たり前に利用するものは感動を呼び起こさない。

水道をひねれば水が出るというのは、技術的にも社会的にも文明的にも素晴らしいことだが、誰も感動はしない。
社会で大きな役割を果たすサービスとはこのようなものである。
しかし、蛇口をひねれば水が出るというサービスも、最初は大きな感動をもって迎えられたに違いない。

感動をもたらすサービスは展開の可能性がある。
しかし、(特に量の)展開に比例して感動は薄れ、徐々に満足に移る。
それも

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反対に、感動の提供をサービスコンセプトにしている場合、感動を軸にサービスを展開し、規模の拡張に注意を払うことで感動が薄れることを防ぐ。
富裕層など、社会的に数%の利用者に対して役割を担う高級ホテル、宝石販売、料亭などがこれに当たる。

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これらのサービスでは、展開よりも感動を維持する「規模」が重要になる。
だから提供するサービスは物理的に少数になる。
展開する場合はあらかじめ限界を見越して行うようにする。

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02.サービスがもたらす満足

「満足」という感情は、感覚的な期待値を超えたときにうまれる。

感覚的な期待値というのは「常識的な期待値を打ち破る場合」「結果の期待値を上回る場合」「時間の期待値を上回る場合」「対応の期待値を上回る場合」「トータルサービスの期待値を上回る場合」の5つがある。

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既にどのサービス提供者も同じような提供方法でサービスを提供しているとき、その方法とは異なる、工夫、発展した方法でサービスを提供する。
利用者の頭の中にある「このサービスはこのようなものだろう」と理解している期待値を超えることで満足を生みだす。
これまで類似するどのサービスを受けても同じような対応であったものが、その対応を少し超えた、全く別の対応を受けることによって満足をもたらす。

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たとえばインターネットの接続は、プロバイダ契約からPCの環境設定の流れまで、素人にとっては決して簡単なものではない。
この状況に対し、プロバイダ各社は電話サポートを用意している。
これに対して、ある会社が派遣接続サービスを行っているとしたら、顧客はその提供者のサービスに満足を覚える。

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主に基本サービスの提供のことをいう。
特に専門職による不満足の解消が、直接的に利用者満足に結びつく傾向にある。

たとえば、税理士による節税提案。
弁護士による問題の解決、医者による病気の治療、不動産仲介業による希望に沿った物件の紹介、コンサルタントによるアドバイスなどがある。

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サービスを行う者にとっては、提供すると決めたものを提供しているだけである。
しかしお客は、その業界の知識がないことや、将来の見通しが立たない強力な不安を解消することで大きな安心を覚える。
このケースでは、不満足の解消が直接満足をもたらすことに結びつく。

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あらかじめ人が予想している時間の感覚値を上回る場合、人は満足を覚える。
ひとつ目の「常識としての期待値」とほぼ同じ内容を、時間に応用したときに効果を発揮する。

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たとえば無線タクシーを呼ぶときに、各社平均して15分ほど時間がかかるとして、ある一社だけが毎回必ず5分以内にタクシーを用意することができたとしたら、サービス利用者は満足を覚える。
約束する時間がお客の期待値を上回ったとき、サービスがお客に満足を生み出す。

ただしセールストークなどで長めの時間を伝え、それよりも早くサービス提供することで満足を生み出してはならない。
こういうことを行うとサービスの約束は守られなくなってしまう。
顧客満足のためにサービスの約束を破るのは本末転倒である。

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これは接客対応である。
稀に時間の期待値にも結びつく。
対応の丁寧さや、予想を上回る解決方法の提示、的確で全く狂いのないサービスの提供による信頼感の構築、利用者のニーズを明確にすること、より望ましい結果を提示できることなどで満足が生まれる。

しかし対応の期待値を上回る最も基本的な行為は、個人情報を接客に反映することにある。
その中でも満足をもたらす効果が高いのは、利用者の名前を覚えることである。
シンプルな方法でありながら、満足をもたらす可能性を飛躍的に高める。

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しかし個人情報を覚えていても、反映しない方が満足をもたらすサービスもある。
痔や性病の治療、育毛などを扱うサービスでは、特に人前で名前を呼ぶことは不満足につながる。
このようなサービスでは、名前で呼ばず、目を合わせずに話し、笑顔を控えることが満足を生み出すことがある。

いずれにしても、接客が利用者の期待値を上回るためには、提供するサービスに則って行動を変化させるようにする。

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これはハード、基本サービス、しくみ、接客が一貫してコンセプトを実行し、提供物もプロセスも完璧であるというときに起こる。
この満足の強度は5つの中で最も大きいにもかかわらず、特徴としてサービスを受ける

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という傾向がある。
満足していないとすら錯覚することもある。

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たとえば東京―大阪間を飛行機で移動する場合、機体は完全な安全性によって造られており、あらゆる交通機関の中で最速の移動を提供する。
搭乗、座席、空港内誘導などのしくみは完璧であり、操縦士による飛行はフライト時間、経験、副操縦士の配置などによって完璧にサービスを提供する。
接客は面接の狭き門を通り、数十時間の訓練を受けたベテランのCAが担当する。

しかし私たちは多くの場合、飛行機での移動に強い満足感を感じない。
むしろ空気を吸うことと同じように当たり前のことであるとすら感じている。
これが、トータルサービスの期待値を上回る場合の満足である。

満足は、感動ほどの大きな心の揺れはなく、感謝ほど深く気持ちが入らない。
しかし両者と比べるものではない。
満足は感動や感謝に劣るものでもないし優れるものでもない。
別のものである。

満足というのは心にゆっくりと浸透する幸福感のようなものである。
空気のようになくてはならないが、普段は存在に気がつかないようなものでもある。
サービスによって個人にもたらされる満足は、このような効果を生み出す可能性のことを指す。

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満足の喚起はサービス戦略としては取り入れて構わない。
むしろ提供するサービスによっては、積極的に取り入れなくてはならない。
けれども「必ず満足を提供する」などと約束をしてはならない。
個人の気持ちはサービスで必ず生み出すことができるわけではない。
だから約束をすることはできない。

サービス提供による満足は、そのサービスが小規模なほどわかりやすい満足になり、規模が大きくなるにつれてはっきりとは説明しにくい満足になる。
もしくは、満足と認知すらされなくなる。
これは小規模であれば満足度が高く、大規模になると減少するということではない。

小規模のサービス提供者は、サービス提供の比重がしくみよりも接客に依存する。
人はしくみよりも接客の方が理解しやすい。
接客の良し悪しを、サービスの良し悪しであると考えてしまいやすい特徴がある。
良くも悪くも、満足の形を明確にイメージすることができる。
満足にしろ不満足にしろ、感情は目の前の接客者対応を通じてダイレクトに感じることができる。

サービスの規模が大きくなるにつれてしくみの比重が増してくる。
しくみは作り手には理解することができても、受け手にはわかりにくい。
しくみがうまく機能すればするほど、なぜかはよくわっからないが満足はしているという状態が生まれる。

サービスを展開する場合はつまり、最終的に無意識的な満足を提供するところを目指す必要がある。
では、どのようなものを無意識の満足というのか。

普段はその重要性をあまり感じないが、

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が無意識の満足である。
鉄道が止まる、停電になる、宅急便が届かなくなる、映画上映が禁止される。
このようなサービスによってもたらされる満足のことである。

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無意識的な満足の提供とは、逆説的に「最も強度の不満足の解消」のことである。

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01.不満足の解消

サービスが個人にもたらす効用は1つしかない。
しかしその1つの効用を土台として、さらに3つのものをもたらす。

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サービスは不備を解消する機能として提供される。
しかしその機能は必ず私的に利用される。
お客が私的にサービスを利用するとき、

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これが、サービスが個人にもたらす最も基本的な効用である。

レストランは食事を取ることができない不備、何らかの理由で料理を行うことができない不備などを社会的に解消してくれる。
しかし同時に、お客は空腹という不満足を解消し、料理をしたくないという不満足を私的に解消する。

交通機関は移動の不備を解消しながらお客は距離の不便による不満足を解決し、アミューズメントを提供する映画館や遊園地でさえ、退屈という不満足、笑いや感動に飢えた心の不満足、気分転換しなければならない行き詰まりという不満足、恋人同士が共に過ごす時間に悩む不満足を解消してくれる。

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サービスが個人にもたらす効用と可能性は、必ず不満足の解消が前提にある。
そしてこの「不満足の解消」は、その他3つの効用をもたらす土台となる。

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サービスの一部分でもない。
サービス提供によって二次的に起こり得る、ひとつの可能性でしかない。

サービスによってもたらされる実際の提供は画一的である。
その画一的なサービスを提供されることで、利用者がどのように感じるかをサービス提供者はコントロールすることができない。
誰かが喜ぶと考えて作り出したサービスが非難を受けることもあれば、提供者の感覚で生み出したサービスが圧倒的支持を受けることもある。

したがって、サービスの提供によってもたらす効用は、不満足の解消ではなく不備の解消である必要がある。
誰の目にも明らかな不備の解消でなくてはならない。
効果が不備の解消であり、それによって波及するものが不満足の解消である。

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たとえばガソリンスタンドは、基本サービスとして車のドライバーにガソリンを提供する。
ガソリンがないという不備を解消することで、その状態に困っているという不満足の解消に効果が波及する。
ガソリンが充分な車とドライバーには、不備と不満足の解消を提供しない。

しかし稀に、不備を解消しても不満足が解消されたとは感じない人もいる。
サービスの個人に対する可能性は100%にはならない。
不備の解消は決めたことを決めたままに提供するので100%実行される。
しかし、それをどう感じるかをコントロールすることはできないので、

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したがってサービスの効用は不備の解消を前提にし、不満足の解消を前提にはしない。
不満足の解消は100%にはならないけれども、それでも「個人にもたらす効用」の中では不満足の解消がその他の可能性の土台となる。
だから対象を個人に限定して効用を考える場合は、最もはじめに検討する。

不満足の解消が成立したら、サービスが個人にもたらす可能性は3つに拡がる。
満足、感動、感謝の3つである。
この3つの可能性は、サービスの提供によって不満足の解消がされてから行われる。
不満足の解消を経ずに、いきなり満足や感動を感じたり、感謝したりすることはない。

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つまりサービスが個人にもたらす可能性を考える場合、これらの3つの効用を最初の目的にしてはならない。
必ず不満足の解消というプロセスを経ることで作るようにする。

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