05.失敗する3つのコンセプト

コンセプトを決めるときにやってはいけないことが3つある。
間違った視点で決まってしまったコンセプトを、その後もサービスに反映したまま提供してしまうと、様々な問題を生んでしまうことになる。

ひとつ目は、

ということである。

たとえば、「お客様の笑顔を喜びにする」という決定はコンセプトにならない。
なぜなら、お客の笑顔も喜びもそれぞれの人によって生まれる状態が違い、かつ笑顔であることとサービスに相関性がないからである。

これがコンセプトとして通用するのであれば、サービスが劣悪であっても、接客者が仲良くなって笑顔になってもらえばいいということになってしまう。

「お客様のニーズに応える」というのもコンセプトにはならない。

コンセプトにならない理由はいくつかあるけれども、まずニーズに応えるというのはマーケティングの役割であってサービスの役割ではないこと。
ニーズに応えるということはサービスの姿を変えてしまう可能性があるということで、コンセプトを守って提供されるはずのサービスの特徴と矛盾していることなどが挙げられる。

サービスコンセプトはサービスを作り、作ったものを提供するために必要になるので、サービスを主体に作られる。
お客を主体にしてしまうと、サービスはあやふやでよくわからないものになる。

誰もが明らかに判断できないものや、人によって判断の基準が変わるものは、コンセプトとして成り立たない。
お客から支持もされない。

シャネルの「女性の解放」「黒・白・ベージュ」というコンセプトは、彼女の思い込みでありこだわりでしかない。
しかし、力強くわかりやすい。コンセプトをお客主体で決めてしまってはならない。

ふたつ目は、

ということである。

たとえば、ビル・ゲイツは「一家に一台のPCを」というサービス提供上のコンセプトを持っている。
これは商売上の目標や理念ではない。
サービスのコンセプトである。

「一家に一台のPCを」というコンセプトは、そうすれば売上げを上げることができるから掲げたのではなく、マーケットで有利だから掲げたのでもなく、自分自身が思うこと感じる理想を、事業を通じて達成する意思の表れとして掲げたものである。

その内容は、サービスを通じてどのように社会と関わり、貢献するかを謳っている。いわばそれは夢であるともいえる。

ウォルト・ディズニーもディズニーランドを夢の国だとしている。

夢の国であればお金を払ってくれるからそう言ったのではなく、提供するサービスのコンセプトとして夢の国であると宣言している。
文字通り夢を現実化している。

その結果、世界中のディズニーランド(ワールド)は同じコンセプトの元に同じようなルールで展開され、しかしそれぞれの国の特性に合ったコンセプトまで定めている。

売上げや上場の目標は、サービスのコンセプトにはならない。
事業収益は考慮に入れて構わない。むしろ考慮に入れなくてはならない。
しかしサービスのコンセプトと混同しないように気をつけたい。

みっつ目は、コンセプトは

というものである。
コンセプトはオリジナルでなくてはならない。

エスプレッソという濃くおいしいコーヒーを、もっと気軽に飲んでほしいというコンセプトがある。
そのコンセプトがサービス上も商売上も成功したからといって、やり方を真似してもコンセプトを取り入れることはできない。

日本人にもシアトル系コーヒーは受け入れられるようになった。
しかし、コンセプトごと日本に輸出した第一人者であるスターバックスの前に、追随する他の企業の印象は薄い。
彼らは自社のコンセプトを反映することによってではなく、シアトル系コーヒーの認知とマーケットを広げることによってのみ貢献している。

商売では、先駆者がリスクを犯して開拓した市場は魅力がある。
リスクを犯さずに同じような収益モデルを実行することができる。

強い個別コンセプトが追随企業にあれば、先駆者を追い抜くこともある。
ネットスケープに対するインターネットエクスプローラーのようなケースもある。

しかしコンセプトの真似は確実に失敗する。
誰かが心のそこからのこだわりを形にし、反映したその根本を真似することは誰にもできない。

真似をするということと、

ということは異なる。

シャネルは「女性の服の解放」をコンセプトにして卓越した。
卓越することを狙ってコンセプトを作ったわけではないにしろ、結果的にはそうなった。
私たちは後からこの様子を観察することによって、次のように学ぶことができる。

シャネルが卓越したのは「女性の服の解放」をコンセプトにしたからだ。
当時の社会では、女性の服は男性主導で作られていた。
それを解放し、コンセプトとしてサービスをはじめた。
ということは、私は薄くてまずいコーヒーが当たり前になっている社会に「濃いコーヒーによるまずいコーヒーの解放」を行うことで同じように強いコンセプトを作ることはできないだろうか?

この考え方は真似ではない。
考え方の取り入れであって、サービスコンセプトを決めるときには非常に参考になる。

真似と同様に、反発心でコンセプトを生みだすことはできない。
コンセプトは夢やこだわり、わがままから生まれる。

たとえば、ある運送会社は「物の配送と流通が郵便局中心で行われているのはおかしい」と奮起した。
そして自分が持つ流通手段を使って配送業をはじめることで、国と喧嘩をしてでも流通業への参入と自由化を求めて戦った。

しかし、この会社はそれ自体をコンセプトにはしなかった。
それは動機付けやビジョンの明示であって、コンセプトではない。
なぜなら戦いに勝利した時点でその理由が終わってしまうからである。

現にこの会社は、全国一律翌日配達やクール宅急便を一般化した。
はっきりとしたコンセプトは公にされていないが、結果を逆算して考えると「宅配」に関してコンセプトが一貫していることがわかる。
国と郵便局への反発がコンセプトになっているわけではない。

真似や反発ではコンセプトを生み出すことはできない。

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04.コンセプトを固める3つの方法

「1.今あるものをさらに良くする」

アメリカの航空会社サウス・ウエスト航空が、「今あるものをさらに良くする」という考え方のヒントを与えてくれる。

サウス・ウエスト航空の基本コンセプトは「航空会社」であって「飛行機を飛ばすことで人を移動させること」である。

個別コンセプトは「型破り」「楽しく」「従業員第一」などがある。
従業員が物入れからパフォーマンスたっぷりに登場することが許されている。
機内アナウンスもお客が笑えるようなジョークが飛び交う。
彼らにはそうすることの権限委譲がされており、それらのユーモアたっぷりのサービス提供は従業員に任される。

これは画一的なサービスを提供するアメリカの航空業界に対して「型破り」「楽しく」「従業員第一」という個別コンセプトを盛り込むことで、今あるものに変化を生じさせたケースである。
これまでのサービスに不足があったわけではない。
しかしそのサービスを土台として、新しい発想を加えることでさらに良くしようという考え方である。

航空会社には「今あるものを更に良くする」というコンセプトがよく見られる。
ヴァージン・アトランティック航空はイギリスの航空会社で、航空会社の中では最も早くエコノミークラスの全席に個別のテレビモニターを導入し、個別コンセプトを反映した。

羽田―北九州間に路線を開拓したスター・フライヤーは、エコノミークラスの全席に世界で最もゆとりのあるラグジュアリーなシートを導入し、機体を世界初の黒で染めることでコンセプトを反映している。

これら航空会社の個別コンセプトをヒントにして興味深いのは、「今あるものを更に良くする」という方法そのものが個別コンセプトになっているというところにある。

今日のお客をどうやって驚かせようかと考え実行すると、その方法は明日には古くなってしまう。
エコノミークラスに個別モニターやラグジュアリー・シートを導入しても、他社も導入すればすぐに珍しくも何でもなくなってしまう。

シャネルの「女性の服の解放」も同じ意味がある。
つまり、次はどのようにして「良くしていくか」ということを反映することに終わりはない。
これが「今あるものを更に良くする」という方法でコンセプトを形作るときの特徴である。

「明日」「ペン一本が」「足を運ばなくても手に入る」というサービスを展開しているアスクルなどの文具提供サービスは、既にあるものを組み合わせる個別コンセプトがある。

今も昔も、文具店と配送業は珍しいものではない。
しかしアスクルは両者を組み合わせることで、新しいコンセプトを生み出すことに成功した。
そのコンセプトはアスクルが行うまで誰も気がついていなかった。

今あるものを組み合わせるという考え方は、実は発明によく用いられる。

エジソンがかつて電球を発明したときのような観察と実験、試行錯誤を繰り返すという方法を取り入れることで、個別コンセプトを生み出すことができる。

この方法で個別コンセプトを決めるなら、特に

が重要になる。

ひらめきを得るためにも、組み合わせるものが何であるかを知るためにも、「観察」なくして個別コンセプトを生み出すことはできない。
観察のない組み合わせは単なるアイディアであり、ただの思いつきでしかない。

組み合わせは事業の組み合わせでなくてもいい。
発想の組み合わせという場合もある。
たとえば3Mの開発したポストイットは、人々の生活を根本から変えた。

3Mは風通しのいい会社としてよく知られているが、それでも発明が商品に結びつくことは300回に1回程度であるという。

ポストイットはその中でもはじめ「失敗作」として扱われ、商品化されない予定だった。貼り付けるためのテープの開発を行ったにもかかわらず、簡単にはがれてしまう粘着テープができた。
「簡単にはがすことができる」ということと「その使用方法」の組み合わせが、新しい可能性を生み出すことに気がついたとき、そこに新しいコンセプトが生まれた。そしてポストイットが誕生した。

発想によって組み合わせを行うときは、観察と共に常識に左右されない柔軟な発想と頭の柔らかさを持つようにしたい。
可能性は無限で、しかも強い個別コンセプトを生みだすことができる。
そのコンセプトを核とした、オリジナリティの高いサービスを展開することができる。

他にも「新しい技術との組み合わせ」という考え方もある。
証券サービスとインターネットを組み合わせた松井証券や、発光ダイオードを信号機に取り入れた公共サービスも組み合わせを考える上で大きなヒントになる。

例に挙げたリゾートレストランが、このケースの代表例である。

このレストランは、普通の高級レストランと価格帯が変わらないにもかかわらず、初めて訪れる人ですら時間を忘れて思わず居続けてしまうような、リゾート気分のレストランはこれまでなかった。
業界では通常食事は長くても2時間、レストランは回転数によって収益を生むという常識がある。
この常識を180度変えたのは、このレストランのコンセプトがレストラン業中心ではなく、コンセプト中心で形作られているからである。

今ないものを生み出すためには、経験と観察だけでは十分でない。しかし、多くの人が考える「創造力」は必要としない。
必要なのは「取り入れ」と「研究開発の成果を反映すること」にある。

「取り入れ」というのは、日本人が得意な方法である。
古くは漢字を取り入れながら仮名を残し、両方を組み合わせることで独自の文化を築いたことや、明治維新に見られる急速で浸透度合いの高い近代化などがある。
スターバックスは「取り入れ」の実例として好例である。

スターバックスの会長ハワード・シュルツはイタリア旅行の際、人びとが仕事前にカフェでエスプレッソを一杯ひっかけてから出勤する光景を目にする。
そして自らエスプレッソを飲み、なんて美味しいコーヒーだろうと感激する。

コンセプトに必要なストーリーはたったこれだけである。

シアトル系コーヒーの定着する以前のアメリカでは、薄くて不味いコーヒーが当たり前であった。
この常識に対して、イタリアで日常飲まれているエスプレッソベースのコーヒーを取り入れることを決めた。
これが「取り入れ」によって個別コンセプトを決める方法である。

イタリアにはエスプレッソベースのコーヒーがあった。
ラテもカプチーノもあった。
あったというよりは、日本人がお茶を飲むのと同じくらいに当たり前のことだった。

一方アメリカでは、薄くて不味いコーヒーが当たり前だった。
当たり前の世界に、別の世界の当たり前を「取り入れる」。
これが取り入れによる「今は全くなく、想像すらできないものを生み出す」個別コンセプト構築である。

「研究の成果を反映すること」で生まれる個別コンセプトは、独自に開発した新しい知識や技術、商品をそのままコンセプトとして反映する。

グリコのポッキーが商品開発されたとき、世の中ではじめて手を汚さずにチョコを食べることができるようになった。
子供はポッキーの柄の部分まで食べることができ喜ぶ。
母親は、子供が手を汚さずに食べることのできるチョコが開発されたことで、手を拭いたり汚れたことを叱ったりする必要がなくなった。

ポッキーは単体では単なるチョコレートという商品でしかないが、商品が提供されたときその効用がサービスとして同時に提供されるようになった。

この場合は、ポッキーが提供する「子供の手を汚さない」「全部食べることができる」「母親の不満を取り除く」などが個別コンセプトになる。

研究の成果をコンセプトとして反映するとき、個別コンセプトがしっかりと決められていてもサービスを受け入れてもらうことが難しいことがある。

大塚製薬がファイブミニを開発したとき、人々には食物繊維が便通を良くするという知識がなかった。
たとえ個別コンセプトを「便通の改善による健康促進」と定めても、それを知らない消費者に受け入れてもらうことが困難だった。

つまりマーケティングされたサービスではなかった。
お客に新しく受け入れてもらうことでしかサービスを提供できないとき、眠っているマーケットを開拓するか、新しく創造することでしかサービスは利用してもらえない。
サービス提供よりも先に、マーケティング活動が必要になる。

大塚製薬は商品よりも先に、食物繊維の重要性とその効果を広めることに力を入れた。
そして充分に知識が広まったところでファイブミニを提供し、現在でも提供され続けている。

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03.コンセプトのスタートライン

サービスコンセプトの出発点は2つある。

ひとつはマーケティングリサーチからスタートすることで、シャネルの「女性の解放」が当時の女性の服に対するニーズを捉え、その思いを反映したように、あらかじめマーケティングされるサービスを意識して作る。

しかしそれだけで選んでしまうと、単なる妥協のサービス選びとなってしまう。

そこで、サービスコンセプトを作る立場にいる人の夢やわがまま、思い込みがもうひとつの出発点になる。
これが、情熱を込めてコンセプトを守り、サービスを継続的に提供できるようにする。

コンセプトをうまく作るためにはまず、基本コンセプトを決める必要がある。

基本コンセプト作りは極めてシンプルである。
そのサービスが、何の業界に属するかを一般常識に従って決める。
または「道路を作っています」「コーヒーを提供しています」「クリーニングです」など、最もシンプルに表現することのできるものが基本コンセプトになる。

基本コンセプトを決めるとき「何業とは言えません。私達は文房具を扱いながら、それを宅配するという新しい考え方を行います」としてはならない。
基本コンセプトはシンプルでわかりやすいもので表現する。

基本コンセプトが決まると、個別コンセプトを決める。
これは少なからず時間がかかる。

まずお客の声に耳を傾け、マーケットを見るというマーケティングの仕事が必要になる。
そこで求められるものを明らかにしておく。

その上で、サービスコンセプトを作る人の情熱やこだわりを形にする必要がある。
そのために必要な基本的な考え方が

である。
「経験」と「観察」によって個別コンセプトをはっきりとした形にする。

人の脳は目の前の物事に対して、自分が過去に経験してきたことに当てはめ、それがどのような意味を持つかを考えるようにできている。
言い方を換えれば、自分が見て、聞き、匂い、味わい、感じたこと以外のことを正確に考えたり、伝えたりすることはできないということでもある。

個別コンセプトを決めるときに大切なのは、過去に自分が体験してきたサービスの経験を中心にするということにある。
良いと感じたこと、悪感情などが「経験」としてコンセプトの土台を作る。

しかしベテランの接客者のような経験は必要ない。
逆にベテランであると、業界の常識に縛られて自由な発想ができなくなってしまうこともある。
強い疑問を抱き、具体的な解決策を考えたという経験があれば、それが個別コンセプトを作ることを可能にしてくれる。

経験した強い疑問を、具体的に解決する手段が「観察」である。
経験から生まれた疑問に対して、同業、他業を問わず、自分の中のコンセプトを形にするために必要な答えを探し出す必要がある。

たとえば東京に予約を取ることが難しいあるレストランがある。このレストランでは「リゾート」にイメージされるコンセプトをいくつも取り入れている。
そのレストランで食事を行うと、リゾート地のゆるやかな雰囲気を楽しめるだけではなく、料理はもちろん非常に気配りのできた接客によって満足の時間を過ごすことができる。
このレストランのコンセプトは事業をはじめた3人の観察によって決められた。

レストランオーナーは海外の高級リゾート、ホテルなどを中心に、お客の立場としてサービスを経験することに多額の自己資金を投資した。
利用者としてのプロを目指した。
「観察」は実行動を伴い、新しい経験を増やすことで自分の中に眠るコンセプトを具体的に固め、一致するものを取り入れた。

他の2人は、アメリカとヨーロッパを数ヶ月かけて旅した。
既にレストランの接客とマネジメントに関する専門家であるにもかかわらず、「観察」のために時間とお金を費やした。
コンセプトのヒントを得るため、時間をかけて高級レストランから街のカフェまで渡り歩いた。

こうして必要だと思われた反映すべきコンセプトが持ち寄られ、選別され、統一され、リゾートレストランのコンセプトが形作られた。
このレストランの個別コンセプトは「わがままなお客様こそレストランの楽しみ方を知る上級者である」であり、コンセプトを追及するサービスを毎日提供している。

観察は、経験の中に眠っている強い疑問の答えをこのように導く。
そしてリゾートレストランの例は、

ということがいかに大切であるかということを私たちに教えてくれる。

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02.サービスコンセプトと経営理念は違う?

サービスコンセプトは、よく経営理念と混同される。

両者の違いは単純で、サービスコンセプトは事業の中でサービス部分のあり方を決める。経営理念は事業全体としての方向性を決める。

サービスコンセプトには、サービスに関わる3つの役割を持つ。
サービスを作る前のコンセプトは

で、サービスはコンセプトによって作られる。
サービス運営時は

になる。
細かい決まりごとや、接客の役割を決めるときにコンセプトに沿って全体を形作る。

サービスを拡大するときには

となる。
コンセプトを基準にして正しく拡大しているかどうかを測る。

あるマーケティングのコンサルタントは、「経営理念がなくても手早く稼ぐことはいくらでもできる」と言っている。

確かにその通りで、お客のニーズに応える商品を用意することができれば、商売は経営理念がなくても(継続性を考えないのなら)売上げを上げることはできる。
しかしサービスコンセプトが欠けていると、それはサービスの基準がないということと同じなので、商売を営むことはできても信用はされなくなってしまう。

たとえば、千年以上長く続いているサービスは少なくない。
医者、宿屋、飲食店、売春、家政婦、流通などがある。
これらのサービスは、全て基本コンセプトが明確に決まっている。

医者は病気の人を治し、宿屋は夜に寝床を提供する。
飲食店は空腹を満たし、売春は性欲を満たす。
家政婦は家内作業を滞りなく行い、流通は物の移動を円滑に行う。

これらが、コンセプトの中でも最も基本的な基本コンセプトである。

基本コンセプトが他社と同じでも、その表現方法や手段はサービスによって違う。

それは同じ絵の具を使い、同じ題材の物を描いても、結果としてできあがる絵が画家によって変わることと同じことである。
または同じりんごを描いても、りんごの赤を訴えたい描き方をする画家もいれば、りんごの周りの空間を描きたい画家もいる。
抽象画で描く人がいれば、印象的な描き方をしたい人もいるだろう。

基本コンセプトはサービスを作るときに必要だが、実行動と結果は、それぞれのサービスによって異なる。

重傷、重態の患者の命を救いたいという動機は、医者の基本コンセプトになる。
しかし、そのために外科の専門医になるか癌の専門医になるかは異なるということである。

基本コンセプトはサービスの全体像を形作る。
したがってサービスには必要不可欠である。

その意味で、基本コンセプトはオリジナリティが高くてはならない。
サービスの全体を形作るということは、

ということである。

「医者。けが人を助け、病気を治す」「ホテル。宿泊施設で人を泊める」「シャネル。ファッションブランド」というクリアな説明ができ、聞き手もすぐに判断できるものが基本コンセプトである。

こだわりの核心が個別コンセプトになる。
それはたとえお客から変更の要望があっても、売上げに悪影響があろうとも変わらない。
そして時代の影響も受けない。

シャネルの場合、中世の延長線上にあった女性の服の解放は、時代とともに一通り終了したに違いない。
現代では誰もコルセットをつけず、ワイヤー入りのスカートを身につけず、足を見せないことを強制されない。

しかし「女性の服の解放」は、常に挑戦し続ける前向きなコンセプトであると同時に、決して追求が終わらない普遍のコンセプトでもある。
人の、「定着したものを守りたい気持ち」を常に促進して、いつまでも女性をワンステージアップさせるために必要な、変化に影響されないコンセプトである。
このオリジナリティが個別コンセプトの特徴になる。

重い病気から人々を救いたいという基本コンセプトを持つ医者の中で、自分は白血病で身内を亡くしたので同じ病気に苦しんでいる人に対して、東洋医学とカウンセリングを取り入れることでサービスを提供しようと決めた場合、「東洋医学とカウンセリング」が個別コンセプトになる。

宿泊施設で人を泊めるという基本コンセプトを持つ温泉地で、街からは電柱、電線、街灯、看板などを、旅館からはテレビなどの電化製品を全て取り除き、「昔の田舎の雰囲気を味わってもらうことで癒しを提供する」と決めることも個別コンセプトになる。

個別コンセプトは
でありながら、

サービスのコンセプトは、基本コンセプトと個別コンセプトの両方によって作られる。

お客はサービスの姿がハッキリと見えなくなってしまう。

他のサービスとの違いがよく分からなくなり、あえてそのサービスが必要だという理由がなくなってしまう。

両方が欠けるとサービスは成り立たなくなる。

コンセプトの弱いサービスとしての失敗例に、イギリスの最大手ドラッグストアBootsの日本進出がある。

Bootsは日本進出に当たって商社と提携し、マーケティングリサーチを行い、一等地(銀座)に店舗を構え、商品ラインナップを日本人好みに合わせ、マスメディアに対してPR活動を行った。
扱う商品である薬と化粧品の利益率が高いということは良く知られている。

しかし結果として日本のマーケットから撤退した。
基本コンセプトは薬と化粧品の提供で、非常にわかりやすかった。
しかし個別コンセプトがはっきりとしなかった。
大きな特徴を持っていなかった。

少なくとも既に日本の企業が行っている範囲内のもので、イギリス企業に頼る必要のあるものではなかった。
個別コンセプトが明確でなかったことがサービス上の失敗を招いた。

Bootsとは逆に、スターバックスは日本の市場で成功した。

スターバックスは、日本のマーケットに進出する前にマーケティングリサーチを行った。
その結果は「成功するはずがない」というものだった。

当時の日本人にはエスプレッソベースのコーヒーはなじみが薄く、禁煙のカフェなどは日本社会に存在しなかった。
喫煙率もアメリカよりはるかに高かった。
いくらコーヒーの風味を損なわないために完全禁煙にするという個別コンセプトがあったにしても、マーケットがそれを受け入れないと思われていた。

また日本人はセルフサービスにもなじみが薄かった。
しかもスターバックスは日本進出を決めてからも、メディア露出(PR)以外のマーケティング活動を積極的には行わなかった。

その結果どうなったか。
日本のコーヒー文化が変わった。

スターバックスは基本コンセプトとなる「エスプレッソベースのコーヒー」と、それを取り巻く「サードプレイス」「完全禁煙」などという個別コンセプトをアメリカから輸出することによって成功した。

その成功の前提には明確なコンセプトがあった。

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01.シャネルのコンセプト

●基本コンセプトと個別コンセプト
高級ブランドでありファッションブランドとして有名なシャネルには、創業者のガブリエル(ココ)・シャネルが、帽子のデザイナーとしてパリに1号店を出店したときから、2種類のコンセプトを持っていた。

ひとつは、ファッションブランドという言葉に代表されるように「ファッション」というジャンルを示すもので

という。

もうひとつは「女性の服の解放」「黒・白・ベージュを基調」にすると決めたことなどがある。これが

である。

女性の服の解放については多少説明が必要かもしれない。

20世紀に入っても、ヨーロッパの女性はコルセットできつく胴回りを締め、足全体が隠れ、裾に向かって膨らむように針金でパターンされた洋服を着ていた。
これは男性優位のヨーロッパ社会で、男性が求める女性の服であって、女性はこのことに対して(またはそれ以外の生活全般に対して)男性に従順であることを求められていた。

つまり女性の服は女性のための服ではなく、男性のための服であるという社会背景があった。
それをガブリエル(ココ)・シャネルが革命した。

彼女はこの革命をコンセプトにした。
コルセットを取り、機能性に優れたジャージなどの素材を使い、楽な服や女性の体のラインが出る服を作った。
女性のための服。それが「女性の服の解放」というコンセプトに結びついた。

これらのコンセプトは今日でも厳格に守られている。

たとえば、シャネルの商品にはメンズがない。
おそらく今後も登場しないだろう。

またシャネルは、銀座にベージュ東京という高級レストランを展開していて、店内を黒・白・ベージュで統一している。
さっぱりとしたいから水色を使いたいとか、お客に温かい気持ちになってほしいからオレンジを使うということは許されない。
コンセプトに背いてしまうからである。

コンセプトはサービスの前提としての絶対条件になる。
このようなはっきりとしたコンセプトが存在し、忠実であることによって、女性のファッションではシャネルの黒に勝るブランドはないと言っても過言ではない。

これらの2つのコンセプトを「基本コンセプト」と「個別コンセプト」と呼ぶ。

シャネルの場合、服、香水、レストランのインテリア統一などの「ファッション」が「基本コンセプト」。
「女性の服の解放」「黒・白・ベージュ」が「個別コンセプト」になる。

ここで、サービスコンセプトの説明をひとまず置いて、なぜシャネルの実例を紹介したのかということを先に説明しておこうと思う。

マーケティングされたサービスは、マーケティングが完了した時点でお客が利用することがわかっているサービスを作る。
マーケティングの活動によってお客の声に耳を傾け、お客たち(マーケット)を見ることで、何のサービスを提供するかを決めるからである。

シャネルのコンセプトからは、この時点で提供するサービスが何であるか見えてこない。
わかっているのは女性のファッション(基本コンセプト)を解放する(個別コンセプト)ということだけである。
そしてそのコンセプトは時代背景と女性のニーズにぴったりと一致している。
コンセプトが多くの女性に受け入れられるという前提であることが読み取れる。

つまり女性のマーケットをよく見て、耳を傾けるという

そして新たにサービスの構築がはじまる。

だから、サービスの構築が始まってからお客の声に耳を傾けることはほとんどない。
サービスはコンセプトを決めた提供者が一方的に決定するからだ。

シャネルが年に2回のコレクションで発表する新作は、お客の声に耳を傾けて作られるものではない。
デザイナーが独自の発想で、しかも現代で「女性の解放」を行うとどうなるのか、というコンセプトに沿って生み出した作品である。

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