15.サービスは価値で測らない

サービスは、提供すると決めたものを必ず提供する活動のことである。
乱暴に言い切ってしまうと、決めたものが支持されるかどうかは関係ない。
もう少し正確に表現すれば、サービス継続提供のために「支持」は少なからず必要な場合があるが、「不支持」は全く必要とされない。

サービスは「価値」という主体的なもので判断せず、

という相対的な視点で判断する。

たとえば、国が提供する障害者補助は公共サービスだが、ほとんどの人には必要がない。
必要性を訴えても認知される障害がなければそのサービスを受けることはできない。
だからといって誰も、国、行政のサービスが悪いとは言わないし、見直すべきだとも言わない。価値がないとも言わない。
ただ、自分には効用がないと言うことができるだけである。

ハリウッド映画が好きな人も、邦画やフランス映画を上映する映画館に対して「サービスが悪い」とは言わない。
自分の満足感に対する効用がないだけのことである。
フランス映画に価値がないとはいえない。

人が障害者補助やフランス映画に価値を感じていようが、感じていまいが、それはサービスにとっては重要なことではない。
特に、価値を感じないという

ハリウッド映画の方が、フランス映画よりも多くの人に支持されているから価値が高いともいえない。
支持や満足度でサービスは評価することはできない。

まして、障害者補助とフランス映画に、実際の価値があるかどうかについてはなおさら関係がない。
関係があるのは、そのサービスが自分に効用があるかどうかであって、価値そのものがあるかどうかではない。

利用者が満足するかどうかは、そのサービスを求める人の効用が提供されるサービスと一致していれば、必ず満足できるようになっている。

障害のない人が一生懸命障害者補助を受けようとするとき、フランス映画の嫌いな人がフランス映画を見るときに「不満足」が生まれる。
個人の内側の感情によって「サービスが悪い」と評価を下す。

この評価が、サービスにとっては大きな誤解になっている。
これは

サービスは本来価値で測られるものではなく、利用者それぞれの効用によって選ばれるものである。
必要のない人には必要なく、必要な人には必ず必要なものを正しく提供することがサービスの目的になる。
よってサービスの正しい評価の基準は、良い悪いではなく

ということになる。

たとえば、頭痛薬を提供することで頭痛から解放することをサービスとして提供することを決めた製薬会社があるとする。
同じような頭痛薬とコンセプトでサービスを提供していても、薬の成分はそれぞれの企業によって異なる。

このときに、早く強烈に効く頭痛薬を提供した企業のサービスが良いとか優れているとはいわない。
胃腸に優しくゆっくり効く頭痛薬を提供している企業のサービスも同様に、良いとも悪いとも言わない。
それは単純に「違い」であって良し悪しではない。

サービスに「個性」と「違い」で生まれたこが、利用者(お客)はサービスを受けるか、受けないかということを選ぶことができるようになった。
公共サービスのころは、それが道路であり、水道であり、電気であるということそのものが、それらを使うことを強制させた。
選択することはできなかったし、選択する必要もなかった。

公共のサービスは生活と社会に根深く関わっていて、社会生活上拒否することはできなかった。
むしろ社会生活の向上に必要であるからこそ、公共の機関によってサービス提供されてきた。
提供される利用者は、そのサービスを利用するか、しないか、継続するかどうかを社会的に選ぶことはできなかった。

しかし、サービスが商売を通じて提供されるようになったことで、サービスの種類と量が急速に増えた。
と同時に、利用者ははじめて、自分の

をすることができるようになった。
一度利用したサービスが気に入らない場合、

ということも選べるようになった。

だから、自分に合っていないと思ったらわざわざクレームを出さなくても、サービス利用をやめればいいということになる。
障害者補助やフランス映画に文句を言ってもはじまらないし、謝罪を求めても何も変わらない。

ただ同時に、サービスを欲したときに手に入れることができるのは、それに見合う支払いを行える場合という条件もつくようになった。
支払いができなければ、最初から選ぶことはできないようにもなった。

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14.サービスに共通する3つの特徴

サービスの3つの本質、現代サービスの5つの本質の他にも、サービスに共通する特徴が3つある。

サービスは規模の大きいものも、小さいものも、システムを継続運営するという意味で、資本を必要とするという特徴がある。
道路の場合も上下水道も、軍隊の場合も奴隷も、飲食の場合もフットケアを提供する場合も資本が必要になる。

特に公共サービスは大資本を必要とすぐことが多く、それを国が税金によって運営してきた。

企業が受け持つ場合は、

できなければサービスを継続提供することができない。
したがって、企業は鉄道を公共サービスとして受けるけれども、下水道の運営は受けないし、税金の回収も行わない。

サービスはその特質上、必ず労働を必要とする。
これは公共の場合も企業の場合も変わらない。

公共サービスの社会では、一般人が報酬を得ながらサービス作りと運営に参加する。
ただし、サービスの利用者(ここでは国民)に対して、直接サービスを提供することはない。
サービス(の提供)は労働者を含めたシステムが全体的に行う。

労働者はサービスを形作る設計、製造などに携わることで、間接的にサービスを提供する。
軍隊の場合ですら生活を守るべき国民に対して、直接にはサービスを提供しない。
目の前の敵と戦うことで国を守り、間接的にサービスを提供する。
したがって、

という特徴がある。

公共のサービスだけがサービスであった頃には、この特徴はなかった。

公共のサービスの多くは、広い意味で必ず民営化する。
企業委託を含むと、ほとんど100%民営化する。

国の提供だけで存続するサービスはほとんどない。
あるとすれば各種保障の給付金支払い(税金の分配)だけである。
しかし給付金の支払いでさえ、民間の金融機関を通じて行われる。

現在民営化されていないものも、将来は民営化される。
民営化しないのはサービスの概念を含まない国の機能に限られる。
理由よりも先に事実がそれを証明している。

完全な民営化はJRやNTTがある。
教育は学校法人に、義務教育でも教科書は一般企業に委託されている。

軍隊では軍のしくみと軍人は民営化されない。
しかし、武器の製造は企業に委託される。

税に関する機能は、税金のしくみとルール、実際の回収は国から離れない。
そもそもそれらはサービスではない。制度である。
税に関しては決算、財務諸表の作成と計算、その他書類作成などの実務処理が、税理士に委託される。

下水道の運営を企業は行わないが、下水管の製造、設置は企業に委託される。

これらは制度を履行するサービスである。
だから委託される。
民営化することがいいか悪いか、民営化すべきだということではない。
公共サービスは事実の流れとして必ず民営化され、一般企業やNPOの力によって運営されるようになるという流れがある。

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13.現代サービスの本質

工業の発展を利用したサービスは、商売を通じて社会貢献を行うようになった。
そして工業の応用である鉄道を使って、社会の新しい不備を解消した最初の現代サービスが旅行代理店である。

鉄道は大量輸送、スピード化、コスト削減の3つを一気に行った。
これら3つの革新によって便利を提供すると、新しい問題が生み出された。

たとえば、ロンドンで1851年に開かれた第一回万国博覧会では、ホテルが圧倒的に不足した。
このような

――サービスを提供するからこそ生まれる不備――を解消するために、現代サービスとサービス業が生まれた。

現代サービスは、社会的な不備を積極的に解消するために生み出された、社会の知恵だといえる。

「社会的な不備」とはそれまで、「社会を発展させる上で不可欠な不備(顕在的な不備)」という意味だった。
しかし現代サービスが生まれてからは主に

と位置づけされるようになる。
「潜在的な不備」の多くは、新しいサービスによって

のことを指している。

たとえば、レール(とトロッコ)で物を運ぶ方法は、16世紀にドイツの鉱山で生み出された。
鉄道の最初のコンセプトは、原材料や加工品を運ぶという意味で、16世紀の鉱山のレール(とトロッコ)から進歩していない。
つまり、顕在的な不備の解消という意味で、2つは同じ物事である。

実際にイギリスでは、工業都市であるマンチェスターと、貿易港であるリバプールに最初の鉄道が敷かれた。
工業を軸に発展する社会にはその必要性があった。
これが「社会を発展させる上で不可欠な不備(顕在的な不備)」の解消である。

その後、鉄道は人を運ぶようになる。
人を運ぶようになると生じる二次的な不備、例えばホテル不足の問題、三等車に屋根がない、寝台車やトイレがないことによる不備、現地の土地勘が不足していることの不備、などを解決するために、宿泊施設、新車両、地図の提供などの新しいサービスが生み出された。
これが「潜在的な不備」の解消に当たる。

明らかであった不備の解消ではなく、明らかでない不備を解消する必要がある現代サービスは、必然的に

という特徴を持った。

サービスは商売を通じて提供されるようになったことで、このような特徴を備えるようになった。
こうして生まれた現代サービスは、新しい時代において目に見える不備ではなく、多くの人にはまだ見えておらず、知られもしない不備を解消する必要に迫られるようになった。

この現代サービスの特徴をまとめると5つのことがわかる。

第一に、

第二に、

第三に、

第四に、

第五に、

「サービスとは何か?」に答える3つの条件と共に、この時代に5つの特徴を備えた現代サービスが生まれた。

こうして現代サービスは、それまでの「社会の不備を解消する」というコンセプトだけでサービスを生みだすだけでは不十分になってしまった。
サービスの特徴は多様化し、これはある意味でサービスの「個性」と「違い」を促すことにつながる。

この「個性」と「違い」を打ち出すためにコンセプトが必要とされるようになった。

そしてコンセプトを正しく作り、やはり正しい手順でサービスを作ったときに、サービスは社会システムとして貢献し、現代サービスとして機能するようになった。
現在のサービス業で提供されているサービスは、ほとんど全てこの特徴を備えている。

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12.トーマスクックの現代サービス

ヨーロッパの鉄道は、コンセプトを商売に取り入れただけの公共サービスに限りなく近いサービスであって、現代サービスの特徴を持っていなかった。
蒸気機関を動力とし、石炭を燃料とし、鉄を加工した線路で移動を提供するという、工業の単純な応用にすぎなかった。

もちろん、これまでのサービスは公共機関が提供していたことを考えれば、サービスの提供に大きな革新が起きたということは間違いない。
しかしそれでも、鉄道はインフラの整備というクラッシックなサービスだった。

現代サービスとサービス業を世に生み出したのは、鉄道ではなく旅行によってである。
旅行業によってはじめて、新しい条件を備えた現代サービスがこの世に生まれた。
これが産業革命時に起こった、サービスのふたつ目の変化に当たる。

旅行というサービスが提供されるようになると、その流れは堰を切って溢れ出した。
旅行を核として、独自のコンセプトを持ったホテル業をはじめとする観光産業、関連サービスが生まれた。

この時代に生まれた関連サービスの中には、造りを第一とするカバンを提供したルイ・ヴィトンや、馬具の製造から革のカバンにジッパーを取り付けたエルメスなどがある。

20世紀後半にイギリスのトーマス・クック、アメリカのアメリカン・エクスプレス、日本の日本交通公社つまり現在のJTBを指して世界三大旅行会社とする考え方があった。
トーマス・クックは2001年に買収され、ルフトハンザ航空の傘下に入るが名称は残った。
(その後紆余曲折を経て2019年ロンドンの裁判所に破産申告をした)

このトーマス・クックこそが世界初の旅行代理店であり、現代サービスの提供を意味する世界初のサービス業である。
トーマス・クックは、鉄道という社会意義の高いサービスを活用し、移動と宿泊と食事を用意し、コストを下げ、旅行を一般化し、パッケージツアーとして提供する、新しい意味のサービスを社会に提供した。

それは、

を解消するものだった。
トーマス・クックがサービス業として旅行を拡張するまで、旅行は一部の上流階級が行うものだった。
旅行には高コストと時間がかかるというのがその理由で、庶民ははじめから高コストをかけることができず、労働時間を割くことはさらに難しかった。

この時代、イングランドの地方の人がスコットランドに旅行に行くことすら珍しいことだった。
1846年に、トーマス・クックがはじめてスコットランドに団体旅行者を率いて行ったときには、グラスゴーやエディンバラで大きな歓迎を受けた。

パッケージツアーは、国内はもとよりパリ万博を機会にフランス、その先にあるイタリア、スイスから西アジア、エジプトに広がった。
一方では大西洋を越えて、アメリカ旅行のパッケージも組まれるようになった。

国内旅行という不備の解消を行ったサービスが、次は海外旅行がないということによる新たな不備を生み出した。
このとき、

という、新しいサービスの特徴が生まれた。

トーマス・クックは海外の旅行ツアーにとどまらず、各都市にホテルを設置し、ナイル川には遊覧船の船団を完備した。
外国人(イギリス人)が満足して泊まることができるホテルがないことの不備、ナイルの船は衛生が非常に悪く、物乞いが大量に寄ってくることによる不備、などを次々と解消した。

もともとトーマス・クックが、旅行のパッケージ化をサービスとして提供しようと考えたのは、彼自身も参加している禁酒運動のメンバーを他の都市に送り込むためという目的があった。
サービス提供の最初の動機は社会貢献なのである。
サービスを発展させる土台となった、トーマス・クックのコンセプトは、

「これまで訪れることができなかった遠隔の地に多くの人々が行けるようになれば、文化的・歴史的な過去の遺産や素晴らしい自然の景観にも触れることができ、その教育的な価値ははかり知れないほど大きく、また遠隔の地の人々との交流を通して友愛・友好を深めることもでき、それによって世界平和に貢献できる」(「トーマス・クックの旅」本城靖久著より抜粋)

というものだった。
旅行客から収益を得る商売を行いながら、同時に文字通りの社会貢献を行うという意味でサービスを提供したのだった。
それが現代サービスやサービス業を生み出すとは、おそらく考えもしなかっただろう。

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11.産業革命がサービスを変えた

1807年にフルトンにより蒸気船が、1825年スティーブンソンにより蒸気機関車が発明された。
この2つのできごとがサービスを変えた。

蒸気機関の発明、木炭から石炭の利用、製鉄技術の促進の3つが、産業を農業から工業へと移らせた。
政治はこれを受けて、国力の増強に力を入れはじめた。
これがイギリスから興った、産業革命である。

しかし当時、サービスが変化したことに気がついた人はほとんどいなかった。
人々はもっと他の重要な物事、例えば蒸気機関と石炭による生産力の向上や工業の促進、原材料を輸入するための植民地の確保と維持に関心を持っていた。

仮にサービスの変化に気がついた人がいたとしても、その重要性は理解されていなかっただろう。
そもそも理解すること自体が困難だった。

この時代に、その重要性を感覚的にしろ理解していたごく少数の人々は、サービスを

ことに気がついた。
なぜなら、国策は重工業と植民地という大きな目標に向いていたので、足元の小さなサービスを満たすことに力を入れなかったからだ。
さらに、工業化が進むにつれて様々なアイディアとアイディアの利用方法が生まれ、道路や上下水道を整備する

こうしてサービス業の先駆けとなったものが生まれた。
それは商売を通じてサービスが提供されるというもので、産業の最前線を走る工業に直接関係するものではなかった。
これもサービスの変化が見逃される理由のひとつになった。

炭鉱、紡績業、製鉄業、重工業が産業として注目される中で、時代の変化と共に商売が提供するようになった最初のサービスは

である。

それまで基本的に公共機関によって整備されていたインフラが、企業の手によって整備されるようになった。
しかし公共サービスとは違って、その目的はインフラの整備ではなく、収益事業として利益を上げることだった。

オーストリアにはじめての鉄道が敷かれたとき、それを敷いたのは国ではなくロスチャイルド家だった。

本家のイギリスでは、リバプール・マンチェスター間に鉄道を敷いた世界初の鉄道会社が、年率9%以上の高配当を、毎年株主に払うことができるほど盛況し、各都市間、街と街に民間の鉄道会社が興った。
イギリス全土における一社あたりの平均鉄道距離は、24キロという短さであったというから、鉄道会社の乱立ぶりがわかる。

ヨーロッパの鉄道は、その誕生から商売を通じてサービスが提供された。
彼らの目的が収益であったにしろ、インフラの整備、移動とそれに伴うコストの削減、スピード化という社会システムを提供したという意味で、鉄道は完全に公共サービスと同じ意味を持っていた。

これが産業革命時に起こった、サービスのひとつ目の変化である。鉄道こそがサービスと商売が結びつくきっかけとなった事件だった。

サービスが商売を通じて提供されるようになったのは、多くの発明が社会に取り入られ、その応用が不可欠になったからである。
発明の応用を促進して国力を高め、社会を発展させるには、もはや国が政策だけでサービスを決め、提供するだけでは追いつかない状態になっていた。

民間の企業や個人が、収益性という事業の利益とサービスを結びつけることで、サービス提供を広める役を受けたのは必然だったと考えられる。

【余談:日本の鉄道】

ヨーロッパの鉄道のほとんどが民間によって敷設されて発展してきたのとは異なり、日本では国によって鉄道が整備された。

サービスの提供の最初から提供者が異なる理由は、資本力の差にある。
当時の国力は桁違いに違った。
日本では、国しか鉄道の資本を提供することができなかった。

当時のヨーロッパ列強と日本にどのくらいの資本力の差があるかというと、少し時代を経て1912年に処女航海で海底に沈んだタイタニック号の建造費は、同じ年の、日本の国家予算の約3倍に相当している。
船一隻を造ると、日本が3つでき上がる勘定になる。
それほど国力に差があった。

日本には、技術を輸入するコネクションのある企業も、資本のある企業もなかった。
それができるのは国だけで、事実国がそれを行った。
この意味で、日本の鉄道は最初から公共サービスだった。

その後、対ロシアを意識して軍備に組み込まれる。

古代ローマが軍備のために敷いた道路を民間も利用できるようにしたこととは逆に、また、ヨーロッパの鉄道開設と同様に、日本の鉄道は民間に解放する公共サービスからはじまった。
軍事利用が視野に入っていたにしても、新橋―横浜間の鉄道架設は実際に市民に開放されることからはじまった。

つまり、最初の提供者が企業であれ公共であれ、民間利用が目的であれ軍事目的であれ、鉄道は日本でも社会システムとしての公共サービスとしてはじまったことは間違いない。

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10.全ての道はローマに続く

戦争の奴隷が家内作業を行う社会システムのサービスが第一期で、古代エジプトの時代から完全な公共サービスとしての第二期に移りはじめた。
現在でも、アメリカ大統領の警護隊をシークレットサービスという呼び名で呼ぶことからも、公共サービスがまさにサービスであることを読み取ることができる。

古代ローマでは、完全に公共サービスがシステム化されていて、ローマ市民も当然の権利としてサービスを利用することができた。

「全ての道はローマに続く」という有名な言葉がある。
この言葉は、古代ローマの反映を一言で表したものだが、その言葉通り驚くべきほど道路網が整備されていた。
今から二千年以上も前に敷設された道路で、今の時代でも使われているものがある。
この道路網は、明治の日本の鉄道と同じで軍事に目的があった。

西アジアや北アフリカ、現フランスのガリア、スペインなどで、有事の際速やかに軍隊を派遣することができるように、道路網が整備され延長されていた。
軍隊が道路を使用しない平時には、一般市民、とりわけ商人がこのインフラを利用することができた。
つまり道路網整備は最初から市民のためにされたのではなく、国防という国益のために整備されていた。

軍隊は、古くから存在する公共サービスのひとつである。

古代ローマ時代のローマの軍隊は市民兵で、ローマ市民が国を守るために軍人になった。
現代では当たり前のように聞こえるかもしれないけれども、この時期ローマと戦ったアフリカ北岸のカルタゴ兵は主に傭兵だった。
傭兵という職業軍人を雇い、戦争を行うことは当時珍しいことではなく、この常識は中世まで続く。

古代ローマの市民兵は、そのシステムや役割を見ると、それが公共サービスであることがわかる。
現在のほとんどの国が持つ軍隊とほぼ同じ位置づけにある。

一方の職業軍人である傭兵は、サービスとして社会に提供されるものではなく、商売として活動する。
その傭兵の意味を指す英語(mercenary)の語源はラテン語の”merere”で、「利益を得る」という意味がある。
傭兵が市民兵と同じ軍隊でありながら、より商売であることが読み取れる。
戦うという技術と引き換えに、利益を得ることを前提にしていたといえる。

言葉でサービスと商売の違いがわかる。

上下水道の発達も同じように、国益のために公共サービスが不備を解消するために発達した。
19世紀末のヨーロッパ都市部の衛生は田舎に比べて、いや、比べることができないほど劣悪だった。
ロンドンでは汚物が窓から道に投げて捨てられ、フランスではベルサイユ宮殿ですら女性がカーテンの脇で用を足すこともあった。
このような衛生環境の下では疫病が流行る。

この問題を根本的に解決したのが下水のシステムであり、公共がこのシステムを形作った。下水道の普及率の上昇に反比例して、疫病発生率は低下した。

身近な公共事業を想像してみるとわかりやすい。
道路の敷設や橋の架設、治水、上下水道の整備などは昔から続く公共のサービスである。
事業ばかりではない。
国防を預かる軍隊、内政の安定を行う警察の組織化と運営、税の徴収も同様に長い歴史がある。

これらの公共サービスは、たとえば消費者やお客のような誰か特定の「人」に対して提供されたものではなかった。
目的は国力の増大、社会の整備にあった。
社会のシステムとして提供されてきた。

サービスは生まれながらにターゲットが「社会」であって、直接的な意味での「人」ではなかった。
よってサービスの評価基準は人々の満足感ではなく、長い間ずっと社会貢献度で測られてきた。

同じように、収益性でもサービスの価値は測られなかった。
公共事業を行うといくらの利益になるかということで、サービスが決定されたことはなかった。
やはり、社会貢献度、社会のニーズとしての優先順位の高いものがサービスという形として社会に提供されてきた。

道路の敷設や上下水道の整備で、人々が「サービスが良い」「ホスピタリティに溢れている」と評価することはない。
または「儲からないのだからやめろ」という声も上がることもない。

そのような評価、または悪評があったとしても、それは公共サービスにとって参考にも問題にもならない。
サービスは本質的に社会に直接関わるものであり、個人と、個人の利益に直接関わるものと限ったものではないからである。

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09.サービスは奴隷制から生まれた?

サービスの歴史を調べてみると、とても興味深いことがいろいろとわかる。
たとえば、日本語にはサービスに当たる和語の単語がない。
このことだけを見ても、サービスは西洋で発達し、東洋(少なくとも日本)では発達しなかったということが読み取れる。

サービスの3つの本質も、徐々に形作られてきたことがわかる。

サービス(service)の語源を探ってみると興味深いことがいくつかわかる。

サービスの語源は、ラテン語の”servire”で、「仕える」「召使」の意味を持つ。
実はサービスとして、この「セルヴィーレ」の元となる実際のサービスがあった。
それが奴隷である。

奴隷が「仕える」「召使として奉仕する」というのが、語源的に最も古いサービスの原型で、奴隷のシステムは最初からサービスの考え方ではじまった。
つまり「仕える」「召使」の意味そのものだった。

古代ギリシャの有名人、哲学者アリストテレスは「奴隷は生きた財産である。・・・奴隷と家畜の用途には大差がない。なぜなら両方とも肉体によって人生に奉仕するものだから・・・」と言っている。
現代の感覚で聞くと腹立たしさを覚えるかもしれないけれども、この発言で、社会通念的に奴隷が(家畜同様に)システム化されていることがわかる。
「仕える」という意味でのサービスの事実が、記録上明らかになったおそらくもっともはじめではないかと思われる。

最初の奴隷は差別や貧富の差から生まれたのではなく、戦争の捕虜だった。
紀元前数千年ごろの話で、詳しい時期はよくわかっていない。

捕虜を牢屋に入れて食事を与えるだけでは、社会的にコストがかかってしまう。
そこで労働に従事させ、主人に仕えさせるようルール化したのが奴隷のはじまりである。
この労働が体系化されて家内作業を行うようになり、奴隷制度という社会のシステムになった。

ちなみにこの頃の奴隷は住居も食事も与えられ、逃亡さえしなければある程度の自由は許されていた。

一度社会のシステムとなると、奴隷がいなくては社会が機能しなくなる。
この制度としての労働力が、最も古典的な「サービス」となった。
最も古いサービスの時代から、既にサービスが社会システムであり、社会に貢献していたことがわかる。

奴隷は家内作業に従事していたものが、古代エジプトの頃から強制労働に駆り出されるようになる。
それまで戦勝国の市民の家庭で働いていた奴隷が、この頃から一気に政治的な労働をすることになった。
たとえばピラミッドの建設には多くの奴隷の労働があったことはよく知られている。

この、労働力を使う「場所」の変更が、そのままサービスの特徴の変更となった。
奴隷が行うという意味では何も変わらないものの、より直接的に社会を構成するようになった。
そして一度労働力として奴隷が使われるようになると、サービスは公共事業を行うためのものという特徴を持つようになる。
そして長い年月をかけて、社会的な公共事業(つまり贅沢な王の墓などではなく、道路や貨幣など)こそがサービスそのものである時期が訪れる。
奴隷の労働力による社会システムををサービスの第一期とするなら、サービスの第二期が訪れようとしていた。

ちなみに、紀元前の東洋(主に古代中国)では、奴隷は生け贄と考えられていたこともあるし、戦勝国の将軍が食料を消費しないために数十万人を生き埋めにしたケースなどもある。
つまりサービスとして社会のシステムにはならなかった。
奴隷は人ではなく、どちらかというともてあます存在だったようだ。

古代中国の文献を読んでいると、(戦争捕虜になっても)恨みを忘れず、義を果たすというようなケースも多く、システムにしようにもうまく機能しないことがあったのかもしれない。
さらに奴隷や料理人(地位が低かった)から出世したという例もあるので、上下間の移動も不可能ではなかったことも、社会システムとして奴隷制が定着しなかったということもあるのではないだろうか。

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08.コンセプトを反映する手段

サービスとして何を提供するかは、100%サービス提供者によって決められる。
それも、そのサービスが生まれる最も初期の段階の、卓越した着眼点を持った1人か2人によって決められる。
よく誤解されるように、顧客やマーケットによって決められることはない。必ずサービス提供者が一方的に決める。

サービス提供者が何を提供するかを決めるとき、そこには必ずそれを決める人の

がある。
その想いとこだわりは、その人が過去に経験したことから生まれる。

多くの場合、それは現状のサービスに対する不満であって、その不満を解消する方法を想いやこだわりとして表現する。
これが最も初期のコンセプトになる。

この初期の状態のコンセプトだけで「提供するサービス」を決めてしまうと、失敗する確率が高い。
なぜならそれは、個人の単なる不満解消行為でしかないからである。

しかし、この最初のコンセプトを生み出す蓄積された経験は、提供するサービスを決める前提として必要ではある。
想いだけではサービスを生み出すことはできなくても、

画像3

それがサービスのコンセプトになる。

サービスは基準となるコンセプトを必要とする。
コンセプトはサービスとして提供するものを決め、思い込みやこだわりを反映するための

になる。
サービスを作るとき、何もかもがコンセプトという設計図に沿って作られているかを基準にする。

サービスが作られると、どのような成果を得ようとするのかを全体的に理解するために必要な

になる。
サービス活動はコンセプトによって進められる。目標や提供方法など、新しく決めることはコンセプトによって決められる。

そして理想を反映する場合の

となるべきものでもある。
何を行い、何を止めるのか、誰と一緒にやるのか、お金をどのように使うのかなど、全てコンセプトを中心にして測り、判断するようになる。

動機と設計図としての内容が具体的であればあるほど、提供するサービスがうまくいく可能性が高まる。
ただし、完全に機能するかどうかを決定するものは最終的に「社会的不備の解消」との一致を確認しなければならない。
既に決まったサービスの視点で見れば「社会の不備を解消するために必要な、根本的な指針」がコンセプトになる。

このような視点、知識、動機、実行力は誰もが持ち合わせているものではない。
だから、不備に気がつくことができ、それを良い方向に動かそうとし、コンセプトを定め、正しいスキルによって実行することができるのは、最初の1人か2人ということになる。

お客の声を聞くことや、マーケットの観察は行うかもしれない。
けれどもそれは補助作業であって、そのことがサービスを決めるわけではない。
それは決定前の制約要因であって、決定要因にはならない。

コンセプトが固まると、何をどのように、なぜ、提供するかが決まる。

単なる物を提供する場合もあれば、知識を提供する場合もある。
一度で完結することもあれば、継続して提供されることもある。
文具を配送するサービスのように「翌日」「ペン一本から」「配送してくれる」という複合的な意味を持って提供されることもある。

どのような形であるにせよ、一度提供すると決めたものは必ず提供する、そして提供するものはコンセプトによって決定される。
これがサービスの原型となる。

そしてこのサービスの形は、サービス提供者の視点で見たとき

となる。

サービス提供者にとってのサービスとは、コンセプトを成果に反映させるための手段にすぎない。
その手段は同時に、社会的な理想や夢を実現するための唯一の方法になる。

お客に感動や満足を与えることをコンセプトにしているとしても、それはコンセプトを反映する作業の一部分でしかなく、お客に対する感動や満足が目的になるわけではない。

同様にサービス提供者からすれば、社会の不備を解消することもサービスの目的にはならない。
サービス提供する事業者にとっては、

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07.提供すると決めた約束を守る

「新鮮な果物を提供する」というサービスを行っている八百屋があるとする。
その八百屋で購入したグレープフルーツが腐っていたとき、私たちの感覚ではお店にその事実を告げることで新鮮なグレープフルーツと交換してもらおうとする。
これが実はサービスの特徴である。

画像2

という考え方はサービスの概念である。
一方商売では「販売する」という考え方で、「販売する」という考え方の根元には

画像3

の考え方がある。
販売というのは、物と金銭を交換しましょうという意味がある。
「交換」は相互の関係で、お互いが何かを差し出し、お互いが納得することで交換が成立する。

画像5

元々は山の人が野菜を、海の人が魚を持ち寄ったのだろう。
ジャガイモ十個に対してイワシなら五匹、ブリなら一匹という、それぞれの基準を話し合いで決め守ったはずである。
お互いが納得し、お互いが公平だというやり取りの下で交換は成り立つ。

それを後になってから「やっぱりジャガイモ十個は多かった」「ブリは半身にするべきだった」などと言うことは、お互いの信頼関係を崩してしまうことになる。
つまり商売では、取引後に交換条件を云々することは元々許されていなかった。
「結果」は条件に納得した双方の自己責任だったといえる。

こうして考えてみると、商売ではグレープフルーツが腐っていたとしても、その責任は購入した側(お金で交換した人)にあるということになる。

画像6

よく確認しなかったか、購入後の保管状態が悪かったかは重要ではない。
交換の公正な取引がなされたかどうか、公正な条件であったかどうかということが重要になる。
その条件に一致していれば、納得して交換したのだから腐っていたかどうかは問題にはならない。

「そんなバカな」と思う人もいるかもしれない。
しかしこの考え方は、現在でも外国ではよく見られる。
都市部のスーパーでさえ十分に起こるし、珍しいことではない。
つまり、腐ったグレープフルーツを新鮮なグレープフルーツに交換してくれるということは、なかなかないことなのである。

あるいは契約書を交わす関係を思い浮かべるといい。
一度契約書を交わした以上、その契約は契約内容によって履行される。
後になって不公平だと訴えても正当性は認められない。

反対に、サービスは「提供」という考え方をする。
「提供」は「交換」と違って、

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である。

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提供者は必ず提供し、お客はそれを受けるというお互いの関係にある。
提供すると決めたものが確実に提供されることが、提供者の責任ということになる。
だからグレープフルーツが腐っていた場合、新しいグレープフルーツを提供するかどうかはサービスのコンセプトによって変わる。

古かろうが新しかろうが「果物を提供する」というコンセプトのサービスを行っているのであれば、おそらく新しいグレープフルーツには交換してもらえない。
もう既に果物を提供したからである。

しかし「新鮮な果物を提供する」というコンセプトでサービスを行っている場合は、新しいグレープフルーツを提供し直す。
新鮮なグレープフルーツがお客の手に入るまで提供し続けるのが、サービスの責任になる。

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取引の条件やグレープフルーツを利用者が確認したかどうか、保管状態はどうであったかなどは重要ではない。
結果としての新鮮なグレープフルーツの提供だけが、サービスの守られるべき約束になる。
新鮮なグレープフルーツを提供すると約束したのだから、その約束は何があっても守られなくてはならない。

これが「提供すると決めたものを提供する」「提供すると決めた約束を守る」正しいサービスで、サービスの責任である。
商売上この行為は、利益の圧迫であり損失となる。

ちなみに「果物を提供する」と「新鮮な果物を提供する」の、どちらのサービスが良いかを比較することはできない。
お客は利用者として、どちらがより自分に合っているのかを選ぶことしかできない。
お客視点として、どちらが約束を守っているのかということを判断し、どちらを利用するかを選べばいいのであって、良いか悪いかを決めることはできない。

このように商売の視点とサービスの視点が異なる場合がある。

2つはよく同じものだと考えられるが、実際には全く別々の物事であり、役割も目的も異なる。
どうしてこのようなことが起こるのかは歴史について触れる時に解説するけれども、19世紀半ばから商売にサービスが組み込まれるようになったことで、両者はよく混同されるようになった。

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この混同のもつれた糸を解きほぐしたとき、真っ先にその姿を見せるのが「提供すると決めた約束を守る」というサービスのあるべき特徴である。
では「提供すると決めたもの」はどのようにして決まるのか。
これが3つ目の本質「サービス提供者のコンセプトを反映する手段」である。

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06.社会貢献するシステム

「社会の不備を解消することで社会貢献するシステム」というのは、サービスは

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という前提がある。
対象が人基準ではなく、社会基準になる。
そしてその不備の解消は、顧客満足や売上げによる評価ではなく、社会に対する貢献度によって評価される。

サービスはそれが生まれたはるか昔からずっと、社会の不備を解消することで社会貢献するシステムだった。
社会の不備を解消するだけのものではなく、単なる社会貢献のシステムでもなかった。
社会の不備を解消する社会的なシステムだった。
現代のサービスも、不備を解消するということが活動の基礎になる。

たとえば、文房具などの消耗品をネットで注文することで、翌日にペン一本から届けてくれるサービスがある。
これは入手したい側のお客にとっては、「明日」「ペン一本が」「足を運ばなくても手に入る」という3点セットの条件を満たしてくれるものである。

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このサービスが生まれる以前は、その状態を満たすべきであったのに、実際には満たされていなかったという不備があったとことになる。

レジャーなどの娯楽産業にも同じことがいえる。
人びとは、デートや家族で楽しい思い出を作るために遊園地に行く。
これは不備を解消しているのではなく、満足感などの新しいもの(気持ちなど)を生み出しているようにも思える。
しかし、世の中から全ての遊園地が消えてしまうところを想像してみてほしい。
そうなったときにはじめて、不備が浮かび上がってくることがわかる。
巨大な敷地で、様々な乗り物によって興奮や擬似の恐怖体験を味わうことができなくなったとしたら、その状態は現代社会の大きな不備になってしまう。

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「サービスとは何か?」を考えるときは、「社会の不備を解消するもの」というスタートラインを知っておいたほうがいい。

逆に、顧客満足や不満足の解消を基準にしてしまうと、サービスの正しい判断することが難しくなる。
なぜなら、各個人の感情は完全に解決したり、満たしたりすることができないからで、人によって結論や意見が異なるものは目的にできないからである。

しかし、だからといって、社会システムの全てがサービスであるわけではない。
たとえば、法と法律は社会のシステムだがサービスではない。
ただし検察、裁判、六法全書の刷新などは全てサービスである。
また、暦は社会のシステムである。
1年は365日、1週間は7日、1日は24時間と決まっている。このシステムはサービスではない。
しかし、グリニッジを標準時として各国で時間と時差を取り決めそれを守ること、正しい時間を伝えること、時計を流通させることはサービスである。

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法、法律、暦は社会基盤となるルールである。
長さの単位、気象の単位、通貨、金融マーケットなども同様にサービスではない社会システムである。
それは基準でありルールであり、だからこそ自分では活動しないという特徴がある。

このような基準によって、継続的に運営され活動するものがサービスである。

検察、裁判、六法全書の刷新、時間を伝えること、時計の流通はサービスで、他にも定規の販売、地図の製図と販売、天気予報のお知らせ、通貨の両替、金融商品の販売などもサービスである。

ルールや基準だけでは物事は動かず進まない。
それを動かし、実際に不備を解消することで活動が継続していくものがサービスの特徴である。

社会システムとしてのサービスの評価は、貢献度で測る。
定量的に測るのではなく、

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に測る。
貢献度が高いほど、社会にとって必要なほど、サービスは長生きする。
たとえば弁護士は、古代ローマの時代既に存在していた。しかし同じように発達した文明を持っていた古代中国では存在していなかった。
長い歴史を経て弁護士は社会的により重要となり、より深く広く貢献するようになったことで発展し、現在も活動している。

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東アジアから西ヨーロッパまで数千年に渡って存在した、宦官という職業は現代では消えてしまった。
宦官は、男根を切り落とすことで王の後宮の管理運営を行ったり、時には政治に参入したりする役職の、いわゆる政治家である。
日本ではついに存在しなかったためになじみが薄いが、世界史の中では西洋でも東洋でも度々顔を見せる。
この職業が消えてしまったのは、社会システムとしての貢献度がなくなっってしまったからに他ならない。

職業に限らず、業界という視点もある。
たとえば建築業は、古代からほぼどの国でも存在した。
一企業が長い年月を生き残ることは難しいかもしれないが、現存する世界最古の企業が、建築を扱い(口伝であるにしても)西暦589年に事業を開始し、現在も存続する金剛組という会社であることは意外に知られていない。
サービス存続には社会貢献度が影響をあたえるという実例だといえる。

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100年前であれば紡績が社会に対して大きな貢献を果たした。
現在のような株式市場があったとしたら、紡績関連業の株価は右肩上がりに上がったに違いない。
しかし現在では、紡績業が100年前のような姿で社会貢献していると考える人はいない。
同じことは炭鉱にも製鉄も当てはまる。

しかしどの産業も経済的な貢献が低下しながら、現在も社会に大きく貢献はしている。
炭鉱を除けば、実は生産量も100年前よりはるかに増加している。
しかし、現代社会全体への貢献度は下がっている。
炭鉱に至っては、もはや現代で社会貢献することはほとんどない。

企業がサービスを提供するとき、その産業が社会に貢献し続けられるかどうかによって、企業の寿命に大きな影響を与える。
事業の貢献度はもちろん大切だが、産業全体の貢献度により大きく依存する。
金剛組が異例にしても長寿を誇り、現在の日本で建築会社が大小目白押しで存在するのは、建築業がいつの時代も必要とされるサービスであることと密接に関係がある。

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誤解してはいけないのは、これらのサービスが儲かる、大企業になる、とは必ずしも言えないということにある。

儲かる、大企業になるというのは商売上の問題であり課題である。
サービスの評価はあくまで貢献度で判断し、それを見分けるための特徴として業界、職業が発展・発達する可能性が高い場合は、寿命が長い傾向にあるということである。

逆に、サービスの評価は収益性や顧客満足で決まるものではないともいえる。

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