07.サービス労働者と知識労働者

接客の仕事は、母体となるサービスが何であるかによって、接客者に求められるものがサービス労働に近いか、知識労働に近いかを決める。

しかし接客者当人からすれば、接客力を高めるためには知識労働者になっている必要がある。
ひらがながスペースキーを押すことで漢字に変換されるのと同じように、接客者もサービス労働者から知識労働者に変換される必要がある。

画像1

「樹木」という字は、ひらがなであれ漢字であれ、発音も意味も同じである。
しかし漢字になることで視覚で意味を伝える。
より高度な特性を持つ。

さらに、使い手にも受け手にも、漢字を理解できる前提を必要とする。
より高度な関係を必要とする。
接客の知識労働への変換は、ひらがなを漢字に変換することと同じ意味がある。

ではサービス労働者、知識労働者とは具体的に何を指すのか。

画像2

サービス労働者というのは、サービスを構築する仕事と提供への道筋を作る仕事、提供する仕事を行う人のことを指す。
サービスを構築する仕事は、たとえば料理人、工場労働者、出版社の編集者などがある。
ほとんどの場合サービスとして提供するモノをつくる仕事に携わるので、厳密には接客者ではないが、サービス労働者ではある。

画像3

サービスを提供する道筋を作る仕事は、レストランのウエイター、航空会社のキャビンアテンダント、映画館の入場係や、カスタマーサポートセンターの電話受付係などがある。
サービスは接客者から直接提供されるのではなく、料理、飛行機、映画を通じて間接的に提供される。
電話サポートはたとえばサービスとして提供されたPCに対するサポートとして、PC購入後にトータルサービスの一環として働く。

画像4

サービスを提供する仕事は、ジムのインストラクター、カウンセラー、コンサルタント、弁護士、美容師などが技術を通じて接客を行うとき、その行為がイコールサービス提供になることをいう。
ほとんどの場合、商品は無形であり提供者個人の知識によってサービスは提供される。
しかしこの時点ではまだ知識労働者ではない。

サービス労働者の条件は、5つある。
第1に、事業の決まりごとを実行する役目であること。
第2に、事業で求められる知識を、事業が求める範囲で提供すること。
第3に、労働によって事業に貢献すること。この労働には知識も含む。
第4に、サービス労働者として熟練するには、スピードと確実性が求められること。
第5に、同様にサービス労働者としてより事業に貢献するには、求められる役割の量、深さが重視されること。つまり経験と実績が重要であること。

これら5つがサービス労働者として仕事を行う者の特性である。

知識労働者とは何か。
知識労働者は事業の一部として知識を使う仕事を行う(サービス労働者)のではなく、

画像6

あるいは作る仕事に就く者のことを指す。

画像5

たとえば飲食店の法務を支える顧問弁護士は知識労働者である。
その知識で飲食店という事業を作り上げる一部になる。
同じことは税理士、社会保険労務士などの士業にもいえる。

あるいは、その飲食店で、メニューの変更をどの頻度で、どのような料理として提供するのかを決めるチーフコックはやはり知識労働者である。
(ただし、この場合は接客者ではない)

仕事の熟練、コミュニケーション力の発揮、ホスピタリティの発揮などを行う者はサービス労働者である。
一般的な接客者がサービス労働者であるか、知識労働者となりうるかを分けるものは、

画像7

画像8

ができる人材であるかないかによる。

つまり事業の根本的な存在意義であるコンセプトの反映という作業を理解し、正確に提供でき、提供方法を改善することでさらに良くし、新たな反映方法を構築し、満足のいく成果を出せる者は知識労働者だといえる。
その行為によって事業を支えている。

同じように、そのコンセプトの反映を顧客に理解してもらう能力のある者も知識労働者である。
ブランドはコンセプトの反映とお客理解の一致によって作られる。
顧客にサービスではなく、ホスピタリティでもなく、事業のコンセプトを理解させることのできる接客者は、その行為で事業を支える。
これができる者は知識労働者である。

あるいは

画像9

ことのできる接客者は知識労働者である。
これはコミュニケーション力が高いことも、ホスピタリティの接客ができるということでもない。

サービス提供で顧客の信頼を高める機会は、実は2つしかない。
ひとつはブランドを構築する場合で、これは既に書いた。
もうひとつは、クレームという機会に信頼を高めることのできる場合である。
クレームは苦情であると捉えられ、通常はその通りだけれども、クレームを機会として考えたとき、実は信頼性を以前よりも高めることにしか意味がない。
他のクレーム対応は全て問題解決である。

画像10

クレームの機会に、これまで知ってもらうことができなかった信頼性を顧客に理解させることができる接客者は知識労働者である。
さらに、クレームの機会は別の知識労働者を生みだす。
悪質なクレームを減らすべく良い接客を行うことは、まだサービス労働者の行うことである。
しかし、良質なクレームを増やす(親しい友人がためらいがちに、しかし相手のことを思ってはっきりと言うべきことを言うようなクレーム)ことのできる接客者は知識労働者である。

さらに、接客者が知識労働者となる別の切り口がある。
卓越した専門技術力を持つことである。
一般的に通常の美容師はサービス労働者である。
髪のカットを提供し、事業の枠組みの中で仕事を行う。
しかし、たとえば国際的な賞を取る技術力の持ち主は、その卓越した技術によって事業のブランドを左右するほどのインパクトを持つ。
事業の枠組みで髪をカットするのではなく、その接客者をして事業のカラーを決める。
つまり事業を支える接客者という意味で、知識労働者である。

画像11

知識労働者は一般的に卓越した技術力によって、独立することができるレベルであると思われているが、必ずしもそうではない。

少なくとも接客では、

第1に、コンセプトを反映することができる。
第2に、ブランドを構築することができる。
第3に、クレーム(とブランド構築)から事業に対する新たな顧客の信頼を生みだす。
第4に、悪質のクレームを減らし、良質のクレームを増やす。
(これら4つは独立を可能とするものではない)
第5に、卓越した技術力。

の5つがある。
これは知識労働者の条件であり、同時に特性となる。

画像13

またこれらの条件を満たす者で、教育者としての実力がある者は、社内教育を行うことができる。
これが接客での第6の知識労働者の条件になる。

画像12

も、社内教育によって事業を支えている知識労働者である。
仕事とスキルを教える社内教育者はサービス労働者である。

前話: 06.接客者の仕事は何か?

・・・・・・・・

メディア・出版関係者のお問い合わせはこちらからどうぞ 
 ➔ info@esmose.jp

06.接客者の仕事は何か?

接客の仕事には、サービスに関わるもの、マーケティングに関わるもの、接客そのものに関わるものの3つの分野に8つの仕事がある。

画像1

サービスでの接客の仕事は3つある。

サービスを提供する、またはトータルサービスの一部としてサービス提供の機能を果たす。
サービスを提供するというのは、接客者がそのままサービスを提供することを指す。
弁護士、医者、カウンセラー、プロスポーツ選手、オーケストラ、引越し、美容師などは接客者の提供するものイコールサービスになる。
これがサービス提供である。

画像2

トータルサービスの一部というのは、例えば遊園地や映画館の入場管理と案内、飲食店でのオーダーと清算、鉄道の改札員や窓口、航空のキャビンアテンダントなどのことを指す。
サービスはそれぞれ娯楽施設、料理、電車、飛行機によって提供され、接客はその提供をスムーズにしたり、誘導するために存在する。
どちらもサービスでの接客の仕事である。

画像3

しくみを作るという作業。
接客は現場で行われる。
現場の経験と実績を事業のしくみとしてルール化することが接客に求められる。
それは接客の仕事を効率的にし、効果的にし、有用にしてくれる。

問題(クレーム)を処理することでサービス提供を継続させる。
サービスは約束した提供を提供できなくなるときに、サービスの意義が失われる。
サービスは問題が起こっても提供され続けなければならない。
トラブル、クレームに対処し、時間を回復し提供の状態を守ることがサービスでの接客の仕事である。

画像4

マーケティングに関わる接客の仕事は2つある。

画像5

まず、接客はプレゼンテーションや説明などを含む販売を行う場合がある。
いわゆるセールスである。
宝石や車、保険などの(高額または実態の見えにくい)商品を扱う接客者は、サービス提供以前にお客の不安を解消することを求められる。
不安を解消したら、ニーズに合致するものを提案することを求められる。その結果が販売となる。

次にお客の声に耳を傾ける、という仕事がある。
お客は何を望み、何を拒絶し、何に対して不便を感じ、何に気がついていないことが多く、お客の好みは何で、どのようなことを欲しているのか。

画像6

アンケート調査を行うかもしれないし、接客の現場で耳を傾けるかもしれない。
あるいはお客フォローの電話でしくみ化されているかもしれない。
いずれにしても、お客の声に耳を傾け、お客の望むところが何であるかをマーケティングに生かすよう情報を集める。

画像7

接客者として接客を行う場合の仕事は3つある。

画像8

接客は人に関わる仕事であるので、まず、相手を不快にさせないようにする責任がある。
満足や喜びを感じてもらうようにする必要はあるが、それ自体は顧客に個人差があるので目的にはならない。
接客の仕事としての目的は不満足を呼び起こさないことにある。

なぜなら不満足にさせてしまうと、サービスの仕事もマーケティングの仕事も拒否されるからである。
不満足を呼び起こさない役割は、仕事の前提になる。
これが接客の第1の仕事である。

第2の仕事は、問題を抱えている人に対応することにある。
サービス提供では問題は必ず起こる。
起こさないように工夫することも重要だが、起こった問題を解決することが接客の役割になる。
サービス提供では問題を「対処」し、サービスを取り戻すことを成果とする。
しかし、接客では問題を抱えている人の解消と解決が目的になる。問題は対処されるのではなく、「対応」することが接客の仕事になる。

画像9

問題は物理的なものである場合と、心理的なものがある。
この両方に対して適切に対応し、解消・解決することができるとき、接客の仕事を果たしたということができる。

3つ目には、ブランドを構築する仕事がある。
ブランドというのは、「サービスコンセプトの反映」「お客理解」が一致することをいう。
サービスを提供しコンセプトを伝えるだけではブランドは作られず、お客の誤った理解ではブランドは作られない。
必ずサービスコンセプトの反映と、お客理解が「一致」しなくてはならない。

よって接客の仕事はサービス提供時に、コンセプトを反映してサービスを提供し、機会があればそれを正しく伝え、理解を促すことでブランドを促進することにある。

すでに理解があるお客には、まだ伝えていないコンセプトを伝え、さらに理解を促すことが必要とされる。
コンセプトをどのようにサービスに反映するかは無限の方法があり、その反映やこだわりを正しく知ってもらうことでブランドは作られる。
接客者は相手の知りたい欲求と、こちらが伝えるべき話をバランスし、適切にブランドを促進する。

画像10

いずれの仕事も、事業の特性や商品、サービスコンセプトによって比重は変わる。
しかし、接客の仕事はこの8つに分類され、それ以上になることもなければ、それ以下になることもない。

つまり感覚的に、あるいは社内文化的に「接客とは売ることだ」とか「接客とはホスピタリティだ」などとしている接客教育者は、実際に行うべき仕事として8つの特性を再確認し、自社の仕事と事業の発展に何をどれだけ求められているかを再検討する必要がある。

前話: 05.接客者に求められる特質
次話: 07.サービス労働者と知識労働者

・・・・・・・・

メディア・出版関係者のお問い合わせはこちらからどうぞ 
 ➔ info@esmose.jp

05.接客者に求められる特質

接客者として仕事を行い、成果を出す上で最も求められることは何か。
接客を成り立たせている特性は3つある。

 事業の中で活動する
 調整(マッチング、統合、バランス)を行う
 人に関わる

画像1

この3つの特性に共通しているのは、第3の特性である「人に関わる」である。
事業内でも同僚、上司、取引先、業者などと関わりを持つ。
調整では、片方ともう片方、それぞれ別の人と人(法人であっても)を理解し、どちらにも満足のいく成果を提供する。
こういった意味で、接客は必ず人に関わる。

人に関わる上で大切なことは、コミュニケーションでもスキルでもない。
気持ちでもない。
サービス提供を行うことでもない。
人に関わることで最も大切なことは

画像2

である。
では真摯さとは何か?

真摯さは一般的に、まじめでひたむきであると意味される。
しかし、それだけでは単なる個人の気持ちということになってしまう。
真摯さを作り上げるものは3つある。

  真実を基準とすること
  誠実さを前提とすること
  貢献を目的とすること

たとえば「美しい」という言葉は表現を前提として使われる。
それでは「真摯」という言葉は何を前提に使われるか。

画像4

「真摯」は行動を前提に使われる。行動を前提にして、行動の源泉になるものは何か?を表すもののひとつが「真摯さ」である。
最終的に行動の積み重ねは人間を作る。
人間性や人格を評価する言葉としても「真摯」は使われる。
しかし接客では、人間性や人格ではなく、行動の前提として「真摯」を考える。

したがってそれは、個人や仕事を表すような他の表現では説明されない。
つまり、実力、清廉、正直、義務、権利、潔癖、完璧主義
責任、権限、プライド、プロ意識、などの言葉で説明はできない。

個人そのものを表す言葉ではなく、仕事の分野に捉われる言葉でもなく、行動の前提として「真摯さ」はある。
つまり真実を基準とし、誠実を前提とし、貢献を目的とすることである。

仕事上はもちろん、一個人の行動としても結果や成果を定義しない。
真摯さはあくまで行動の

画像4

になる。

画像5

この行動の前提として、最も適切な実例は裁判官である。

政治は立法、行政、司法に分離されているが、この中で司法だけが直接的に人と関わりがある。
立法は法を作り、行政は運営する。
運営の中には警察のように人に関わる仕事もあるが、警察に真摯さは必要とされない。
行政に求められるのは成果である。
しかし司法は違う。

司法を動かす裁判官に求められる資質こそ、接客者に求められる資質「真摯さ」と同じである。
裁判官にも求められる真摯さは、次のような形で具体的に必要とされる。

画像11

真実を基準とすることというのは、

画像6

を軸にするということである。
自分の経験、感情、人の気持ち、気分、社会的な認知、刷り込まれた価値観、恐怖による支配、愛など、定義が広いにもかかわらずもっともらしく使われる基準、などは軸にしない。
軸にするのはそういった

画像7

とする。
真摯さは正しさ、つまり

画像8

を基準にする。

誠実さを前提とするということは、真実の理解を受け止めるために必要な人を思いやる気持ちである。
人というのは自分も含む。

何のために真摯さが接客で必要とされるのか。
それは接客者が調整者だからであり、調整者は公平でなくてはならない。
仕事の上では成果に対して公平でなくてはならないけども、その行動の前提は、自分と他の人全てに対して公平でなくてはならない。

この基準が真実となるが、人によっては真実を見たくない人も、避けたいと考える人もいる。
真実が都合の悪い人もいる。
そういった人々に、それでも伝えるべきを伝え、行うべきを行い、避けたいことを避けずに向き合うために必要なことが誠実さである。
根性やガッツではない。
責任(感)でもない。

画像10

重い病気を告知する医者を思い浮かべればわかる。
末期癌を告知する医者は、癌が真実であるかどうかを基準とし、真実であるのならばそれを伝えること(あるいは今はまだ伝えないこと)に誠実さの前提を求められる。
誠実でない医者の告知は暴力と同じである。

貢献を目的とするというのは、真実に誠実に向き合い、さらに自分ができることを一生懸命行うことを指す。
私があなたにできる精一杯は何か。
私の強みをどのように利用してもらえるか。
どんなに小さいことであるとしても自分が本当に役立てることは何か。

こういったことを考え実行し、結果として役に立った事実が残ってはじめて貢献したと言える。
しかし、真摯さはまず行動の前提を意味するので「結果として役立つつもりがある」「結果に必ずたどりつく」という前提で行動する。
そして、この3つのプロセスを経て、貢献による成果が蓄積された時にはじめて、「行動の前提」としてではなく「人間性」「人格」として「あの人は真摯な人だ」などと使われるようになる。

画像9

接客者として「真摯な人である」と評価されることは、多くのことを意味する。
ただ単に安心できるとか、信頼できるということだけではない。

安心、信頼と共に、公平であるということ、本当のことを知ろうとすること、人の気持ちを必ず考えてくれること、つらいことから逃げずに向き合うこと、自分が何ができるかを考える人であること、頼りになる人であること、顧客のためだけではなく事業のためにも尽くす人であることなどの意味を全て含む。

このような接客者が提供するサービスは厚い信頼を得る。
あるいは、このような接客者が販売する商品は売れる。
このような接客者を抱える事業は発展の可能性が高く、しかし逆に、このような接客者を見つけ、育て、報いる事業運営を行わなくてはならないということでもある。

前話: 04.ホスピタリティとは何か?
次話: 06.接客者の仕事は何か?

・・・・・・・・

メディア・出版関係者のお問い合わせはこちらからどうぞ 
 ➔ info@esmose.jp

04.ホスピタリティとは何か?

ホスピタリティとは何か。
それは心配り、気配りだと考えられる。
あるいは、優れたコミュニケーションと考えられることもあり、限定した分野では「先読み」を行うことだともされる。
大きなくくりで表現すると、相手のためになることを行うことなどと言われることもある。

当然、サービスの種類や規模によって、接客によるホスピタリティの定義は変わる。
しかし「ホスピタリティとは何なのか?」を定義するものは、どのような場合も

画像1

ことを指す。
しかもそれは提供するサービスの範囲内で尽くす。
したがって、そもそも喜んでもらうことを想定していない役所や、警備員などのサービスではホスピタリティは必要とされない。

画像6

ホスピタリティが何であるかを狭く定義するもうひとつの考え方として、ボランティアがある。
どちらも対象となる「人」に対して尽くす。自分ができることを精一杯行う。
しかし尽くす目的は違う。

ボランティアはその特性からして「困っている人を助けるために」尽くす。
ホスピタリティはこれと異なり、目の前の人に「喜んでもらうために」尽くす。
「助ける」「喜んでもらう」もその成果が何であるかを完全に決めることはできないが、「助ける」がネガティブの解消を目的とし、「喜んでもらう」がポジティブの発生を目的としていることはわかる。
ホスピタリティは

画像3

に、

画像4

を前提として、

画像5

画像3

尽くすときに必要とされる能力、技術、スキルがつまり、コミュニケーションであり、心配り、気配り、先読みである。
時に、コミュニケーションとしてのコーチングを含むこともある。
しかし、教育、育成、カウンセリング、(スキルとしての)コーチング、インストラクション、アドバイスなどは含まない。
これらはホスピタリティの実行ではなく、より完全なサービスの提供に近い。
またはトータルサービスとしてのサービス提供の手段として使われる。

サービスの目的は、提供すると決めたものを確実に提供することにある。
大切なことは成果が上がるかどうかにある。
相手がどう思うかは重要ではない。

ホスピタリティは、相手に喜んでもらうために尽くすことにある。
大切なことは人(相手)の気持ちの向上であって、物事の正しさではない。

接客はこの両者をうまく結びつけ(マッチング)、成果を統合し、不均衡が生まれそうであればバランスする役割がある。

画像7

画像8

そもそもコミュニケーションとは何か?
そして、接客におけるコミュニケーションとは何か?

コミュニケーションは、背景に共通理解を必要とする。
同じものに対して違うものを見て、違うことを感じる相手とコミュニケーションによって意思疎通を図ることはできない。
話し合いで解決すること、説明や伝達で理解を一致させること、つまりコミュニケーションで理解しあうことは、背景にある共通理解があるかどうかにかかっている。

たとえば思想はコミュニケーションを断ってしまう。
右翼と左翼は分かり合えない。
プロテスタントとカトリックも分かり合えない。
背景にある思想がコミュニケーションを成立させない。

画像9

または背景の目的が違う場合もコミュニケーションは成立しない。
ある顧客がクレームを出している時に、その顧客が自分の話を聞いてほしい、悪感情を解消したいというところに目的があるのに、接客者が必死で問題の解決を説明するとき、コミュニケーションは成立しない。
それどころか対立を深める。

あるいは共通言語の違いはコミュニケーションを成立させない。
単純にフランス語を話すことができない日本人は、日本語を話すことができないフランス人とコミュニケーションを交わすことはできない。
ゼスチャーや身振りでできることはコミュニケーションではなく意思疎通である。

画像10

さらに、価値観の違いもコミュニケーションを成立させない。
ある従業員は仕事に、プロセスの楽しさと全体的な喜びを求めているのに対し、経営管理者が仕事の成果を求めるとき、コミュニケーションは成立しない。
かえって職場の対立を生みだす。

コミュニケーションにはこのような特徴があるからこそ、「相手の話を聞くことが80%」「質問をして相手の思うところを引き出す」などとよく言われる。
あるいは、うなずきや相槌をし、相手の言葉を反復すること、体の動きを合わせること(ミラーリングなど)が重要だと言われる。
コミュニケーションの達人となると、相手が全て言い切った後に、相手の言いたいことをまとめ、相手が言い切れなかっただろうことまで補足する。

画像11

これらのスキルはコミュニケーションが「相手を中心」として成立することを示している。
相手の言葉を使い、相手の態度を使い、相手の話を聞いていますよということを示し、相手が言いたいことを表現することでコミュニケーションは最もうまく成立する。
そこまでしてコミュニケーションを成立させる必要があるのは、人間が社会的な生き物であり、他者との共存によって自分の位置づけを決めていることにある。

その証拠に、社会はそもそもお互い理解しにくい人と人との関係に対して、文化に沿ったルールを用意する。
たとえば「敬語」はその代表的な例で、初対面の人、身分が上の人に対して、本来であればどのように接していいのかわからないところを、敬語という言葉を媒体にすることで相手とのコミュニケーションを可能にする。
敬語と同じような位置づけのものは、名刺、手紙の季節のあいさつ、お中元お歳暮、年賀状、冠婚葬祭などがある。

画像12

では、接客のコミュニケーションは何なのか。
接客は人に大きく関係する。
コミュニケーションは必須である。

しかし、接客の仕事の成果としてコミュニケーションが大切なわけではない。
接客の目的はサービスの提供にある。
顧客が喜んでくれようがくれまいが、相手を理解できようができまいが、サービスだけは確実に提供しなくてはならない。
だからまず、接客のコミュニケーションはサービス提供に役立つように使う。

サービスを提供する前に利用を止めようと試みる人や、不快な気分になってしまう人、提供を受けた後に不安感を感じる人などに、保険としてコミュニケーションを提供する。
これが、接客がコミュニケーションを使う1つ目である。

2つ目は、サービス事業のブランドを促進するためにコミュニケーションを使う。
接客者は事業のコンセプトをサービス提供によって表現し、その表現を正しい形で顧客に知ってもらうためにコミュニケーションを使う。

画像13

たとえばホテルに宿泊したとき、そのホテルに設置しているベッドがどこのメーカーのベッドであるかをお客が尋ねることがある。
接客者はどこのメーカーのベッドを、なぜ提供しているか、そこに事業としてどのような考えとこだわりがあるかを伝える。
このようなブランド促進のためにコミュニケーションが使われる。

最後に、相手を知り、喜んでもらうためにコミュニケーションを使う。
これはサービス提供とはなんの関係もないところでも行われる。
コミュニケーションはそもそも相手を理解するというところからはじまる。
他愛のない会話から、サービスには直接関係のない情報を得ることがある。

たとえば小料理屋の女将が、顧客との対話の中で「ゴルフ好き」というキーワードを得るとする。
ゴルフが好きであるかどうか自体は、料理と酒を提供することに何の関連性もない。
しかし、週明けにこの顧客が店を訪れたときに「週末はゴルフに行かれたのですか?」と話をすることは顧客を喜ばせる。

画像14

顧客を喜ばせることはよく、リピートを促すとか、他のサービスに浮気をしなくなるなどということが言われるが、事実上相関性はない。
それよりもむしろ、人と人が接する小料理屋という場、サービス提供の場の空気を作るという意味が大きい。
気分よく接し合うという意味がよほど大きい。
つまり、コミュニケーションの本来の意味である、意思疎通を図るという目的で行われる。

接客によるコミュニケーションは、この3つの目的で使われる。
このような範囲を超えて過剰なコミュニケーションを行ったり、仲良くなることが目的となって第3のコミュニケーションを優先させると、サービスへの信頼が失われる。
まず、接客者への過剰な信頼によってサービスが信頼されなくなる。
次に、プロセスであるコミュニケーションへの評価によって、成果であるサービスの評価が軽視されるようになってしまう。

前話: 03.仕事からはじまる接客
次話: 05.接客者に求められる特質

・・・・・・・・

メディア・出版関係者のお問い合わせはこちらからどうぞ 
 ➔ info@esmose.jp

03.仕事からはじまる接客

接客には前提として調整(マッチング、統合、バランス)する

画像1

画像2

を必要とする。
とりわけ接客の役割を決めるマネジメントやマネージャーにとっては必須である。
現場の接客者にとっても理解と事業理念は必要とされる。
でなければ接客行動の中で何を方針にし、どう接客を行い、何のために仕事をするのかを見失ってしまう。

画像3

しかし実際には、

画像4

する。
仕事をこなすこと、覚えることからはじまる。
そして仕事を一通りこなすことができるようになると、スキルアップか人間関係を円滑にすることで接客者として熟練するようになる。
これは、誤りではないばかりか正しい考え方ではあるけれども、「接客の仕事」を考えた場合に十分な方法ではない。

画像5

まず、接客が理解、事業理念よりも現場の仕事からはじまるということは、第1に現場主義という偏りを生み出す。
全体のバランスとマネジメントが軽視される。
時に現場とマネジメントの対立さえ引き起こす。

第2に、学習と実践という偏りを生みだす。
成果が軽視される。
学習と実践は自分の経験のために行われる。
成果は事業のために行われる。

第3に、提供するサービスの内容によってセールスに偏ったり、ホスピタリティに偏ってしまう。

第4に、第3の結果定着した事業文化が、事業理念に取って代わるようになる。
たとえばセールス優位の事業で、セールスの成績が良い人が評価されるようになると、マネジメントによる事業運営の基準が事業理念からセールスに移る。

第5に、理解と事業理念を無視したスキルアップや人間関係力のUPは、個人主義を生みだす。
提供するサービスへの信頼ではなく、個人に対する信頼で成り立つようになる。
つまりサービスへの信頼は失われる。

実際にほとんど全ての事業で仕事優位の接客が行われ、接客の役割理解と事業理念の理解は軽視されている。
自分の役割と方向を知らずに、目の前の仕事を処理することが目的になっている。
そればかりか、仕事の処理こそが価値であり、短期の目標達成こそが成果であるというケースすらある。
このような事業では

画像6

5つの問題を抱えていることになる。

画像9

このような弊害や問題はあるものの、しかし、前提として仕事のできない接客者では接客はうまくいかない。
この課題は、接客者教育によって解決することができる。
あるいは、毎日のミーティングなどで反復したり、接客の役割や事業理念を明文化することなどで解消することができる。

つまり接客は、どのような場合であっても調整(マッチング、統合、バランス)を旨とし、この場合も

画像7

画像8

を両立させることが、接客の前提になる。

前話: 02.3つの調整-マッチング・統合・バランス
次話: 04.ホスピタリティとは何か?

・・・・・・・・

メディア・出版関係者のお問い合わせはこちらからどうぞ 
 ➔ info@esmose.jp

02.3つの調整‐マッチング・統合・バランス

接客の役割は片方ともう片方を調整することにある。
調整には、マッチング・統合・バランスの3つがある。

画像2

救急車によって交通事故に遭った急患が病院に運ばれる。
その急患の容体と、たとえば外科の先生による緊急手術、あるいは応急処置など、適切な対応を状態と結びつけ、当てはめることが

画像4

となる。
相手のニーズと提供者のサービスを

画像3

ことがマッチングである。

患者は緊急手術を行う。
外科医は止血、消毒をし、骨折を治療し、切り開いた皮膚を縫合する。
医療技術と傷の処置を

画像3

させる。
両者は結果として

画像6

統合される。

画像7

患者はその後入院し、治療回復に専念する。
看護婦、理学療法士は、回復の具合に合わせて食事を替え、リハビリのメニューを変える。
傷の具合、回復の状態、本人の意思などを検討して、入院を継続するべきか、退院させるべきかを

画像5

する。

画像9

を行うことを旨とする。

これらの

画像8

は、全てサービスの提供でありながら、必ず接客者の判断によって接客者が媒介して提供する。
このマッチング、統合、バランスを行う調整者が接客者であり、同時に存在する2つの物事を調整することこそが、接客の役割になる。

画像10

マッチング、統合、バランスが接客の役割であるということは、接客者はその前提に対象となる両方の正しい

画像11

を必要とする。
理解は、正しく運用されるためのマネジメントによる

画像12

を核にする。
事業理念がマッチング、統合、バランスに応用され、実践される。

画像13

も理解と事業理念の前提に基づく。

画像14

理解と事業理念ではなく、自分の経験を接客に当てはめた考え方や実践はうまくいかない。
同じように、片方(サービス側かお客側)に肩入れをする考え方もうまくいかない。
どちらも接客活動を行う上で必要な、理解と事業理念がないために、その場はうまく収まっても長い目で見るとサービスをダメにしてしまう。

画像15

曲がった定規でまっすぐな線を引くとき、定規に沿って正しく線を引けば引くほど、まっすぐな線にはならないような状態が生まれる。
問題が間違った答えではなく、間違った前提に対する正しい答えにある。
これが、接客が事業やサービスを破綻させる原因になる。

ところが接客者の多くが、接客が何であるかを十分に理解していない。
事業理念がない事業主も多い。

このような状態の中では、勘と経験によって顧客のニーズに応える、天性の接客者だけしか活躍することができない。
実際、接客業と呼ばれる多くの事業は、「お客の不満」「マネジメントの接客に対する不満」が接客活動の基盤になってしまっている。

不満を解消することが、接客の役割であり仕事になってしまっている。
何かを生み出すことではなく、問題を解消することが仕事となっている。
あるいは、問題を生じさせないように無難に行うことが目的になっている。

画像16

このような接客はうまく働かない。
少なくとも事業を発展させる働きをしない。

接客の仕事はマッチング、統合、バランスではない。
サービス提供と販売である。
事業によって、サービスによって比重は変わるが、基本的な仕事は提供と販売である。

接客者は行動しながら、成果を上げながら、提供と販売、事業と顧客をバランスする。あるいは統合し、マッチングする。

ということは接客の仕事の前提に、マッチング、統合、バランスは事業によってプログラムされている必要があるということになる。
ルール化されていなければ、接客者は正しく仕事を行うことができなくなる。
何に対してマッチングし、統合し、バランスするのか、その比重はどのようなものであるのかをあらかじめ決めておく必要がある。

前話: 01.接客とは何か?
次話: 03.仕事からはじまる接客

・・・・・・・・

メディア・出版関係者のお問い合わせはこちらからどうぞ 
 ➔ info@esmose.jp

01.接客とは何か?

接客はお客を喜ばせることが役割であるかのように考える人は多いですが、これほど大きな誤解はありません。

「接客とは何か?」を説明する3つの定義のどれにも、お客を喜ばせることというのは含まれておらず、接客者は自分の仕事をはじめるにあたってこのことを良く知っておく必要があります。

サービスマネージャーや人事教育者などの管理職も、接客がどのような役割を果たしているのかを見返し、最高の接客作りに役立ててもらえばと思います。

画像1

接客は3の条件で説明することができる。

第1に接客とは、事業において活動するものであること
第2に、マッチング、統合、バランスであるということ
第3に、とりわけ人間的役割を担うこと

画像2

接客は接客自体が活動の目的にはならず、接客だけで存在することはできない。
接客は企業や行政による、事業の枠組みによってのみ活動を許される。
しかし、事業に必ず必要とされるわけではない。
接客を必要としない事業、その必要性が限りなく低い事業もある。
接客は「接客を必要とする事業」でのみ必要とされる。

画像4

画像3

事業で活動を許される接客の「役割」は、マッチング、統合、バランスの、3つの調整である。
事業のマーケティングの役割とサービスの役割で、人でなくては果たすことのできない部分を接客が果たす。
外部に対しては顧客と事業、金銭と商品、ニーズと提供物、コンセプトの反映と利用者理解などをマッチングし、統合し、バランスさせる。
内部に対してはマーケティングとサービスをバランス、統合させ、販売と提供を行う。
組織のしくみと接客者の裁量をバランスさせ統合することもある。
あるいは、現場とマネジメントを統合しバランスする。
いずれの場合も、片方ともう片方の両者を調整する。
これが接客の成果になる。

したがって「接客は売ることである」や、「接客はホスピタリティである」は接客を定義しないし説明もしない。
単なる役割の一部でしかない。

画像6

画像5

事業のマーケティングの役割と、サービスの役割をマッチングさせ、統合し、バランスを取るために行う「活動基盤」は人間関係をベースにする。
接客における人間関係は手段である。
事業における手段であり、接客者個人においても手段である。

手段には、コミュニケーション、ホスピタリティ、気配り、心配り、教育、育成、カウンセリング、コーチング、インストラクション、アドバイスなどがある。
このような手段は

画像7

ただし、手段を駆使する目的は信頼を構築することにある。

販売やサービス提供を行うときに生じる事業と顧客のギャップ、問題、不安を人間的役割によって埋め、機会を促進する。

接客は全体的に

画像8

役割がある。
事業の枠組みの中で発生する矛盾を、マッチング、統合、バランスによって両立に変え、あるいは解消し、事業の成果を得るために接客だけが使うことができる人間的役割を使う。
全ては販売とサービス提供という目的のために行われる。

前話: 第21章 03.ガチョウと金の卵の関係
次話: 02.3つの調整-マッチング・統合・バランス

・・・・・・・・

メディア・出版関係者のお問い合わせはこちらからどうぞ 
 ➔ info@esmose.jp

03.ガチョウと金の卵の関係

ガチョウと金の卵の関係である、卓越した接客者と一流の顧客の関係は、必ずしも密接であるとは限らない。
むしろさほど関係が深くないことも珍しくない。

画像1

ガチョウは金の卵を産み、金の卵はガチョウを産む。
しかしガチョウはガチョウであって金の卵ではない。金の卵も同様にそれは金の卵であってガチョウではない。
卓越した接客者は一流の顧客になることができる条件を備えていながら一流の顧客ではなく、一流の顧客が卓越した接客者であることはほとんどない。

この近くて遠い不思議な関係はなぜ起こるのか。

画像2

卓越した接客者は皆一様に、サービスに関して一流の顧客の意見を聞こうとしない。
本来であれば一流の顧客こそサービスと接客を正しく理解しているだろうし、彼らの声に耳を傾けることはもはや必要不可欠とすら思える。
しかしそれを行わない。

提供するサービスによって差はあると思うが、これには理由がある。

画像3

まず卓越した接客者はサービスを完璧に提供することと、自分の力を総動員してお客のニーズを見抜き応えることで接客を提供するので、サービスに関してほとんど彼らの意見を聞く必要がない。
ある意味、その完全性を求めてお客はサービスを利用しているのであり、お客の側に意見をする理由が見当たらない場合もある。

また一流の顧客の中には、卓越した接客者を見分けながら、しかし素晴らしい接客者こそ接客のあるべき姿だと考えている人がいる。
卓越した接客者はそのような意見を取り入れるわけにはいかず、しかし耳を傾ければ無視するわけにはいかなくなるため、はじめから聞かないことにすることもある。

さらに、卓越した接客者は一流の顧客を、「私がニーズを見極め、指摘したことをを完璧に行う人」であると考えている。
広い意味での一流の顧客ではなく、自分のサービスを利用する上での一流の顧客と考える。
この考え方だと、耳を傾けるのはサービスを利用するお客であり、提供者である接客者ではないということになってしまう。

画像4

実際に卓越した接客者が一流の顧客に耳を傾けてわかることといえば、客観的に見て自分がどのような喜びをもたらしているかということくらいしかない。

もちろんこの意見をヒントにして強みを発掘することはできる。
しかし一流の顧客が指摘するものの中に含まれる強みは、既に発揮しているものであることが多い。
その強みを発揮しているからこそ、一流の顧客が気づき、支持していると考えた方が自然である。

このような理由から、卓越した接客者の多くは一流の顧客に耳を傾けない。
彼らが仮に耳を傾けるとすれば、より完璧に近づくために別の卓越した接客者に話を聞くだろう。

画像5

世の中で一流の顧客である人を除けば、卓越した接客者ほど一流の顧客になるもっとも近い場所にいる人はいない。

卓越した接客者は基本的に、一流の顧客が知っている3つのことをほとんど知っている。
彼らも他の人と同じように毎日何かしらのサービスを受けながら生活している。
一流の顧客になる機会は山ほど転がっている。
しかし彼ら自身は一流の顧客になることはほとんどない。

画像7

役者が観客席から演劇を見ることや、修行中の料理人が休みの日に自腹を切って自分が働く店で料理を食べるということはある。
しかしそれは、自分の実力を上げるためにお客という立場に身を置いてみるのであって、一流の顧客になることを目的にしているわけではない。
彼らが普通にレストランで食事をするときや、デートで映画を見る場合も同じで、彼らはお客として経験を重ねようとはしない。

卓越した接客者はそもそも強みを軸に行動しているので、強みの部分に限っては仕事とプライベートを分けない。
強みを軸にしていると、人の思考パターンや感性は強みを中心に回転していくようになる。
どこかのレストランでサービスを受けても、お客として感じることを優先するのではなく、強みに結びつくヒントに気がつくことを優先するようになる。
そうであるからこそ、卓越した接客者は卓越者になることができる。

画像8

一流の顧客は、彼らを一流の顧客にする強みを持ち合わせている。
その強みが彼らを一流の顧客にし、卓越した接客者にはしない。
物事をよく観察できてしまう力や公平に正しく評価できてしまう力は、卓越した接客者になるためにはほとんど意味を持たないが、一流の顧客になるためには絶対的な力を発揮する。

しかし事業が接客者とお客という2種類の「人」を必要とするように、素晴らしいサービスを提供する事業は、卓越した接客者と一流の顧客の両方を必要とする。

卓越した接客者はサービスの視点から事業を作る。
一流の顧客はマーケティングの視点から事業に必要な問いかけを行う。
両方に支えられたサービスは、素晴らしい価値を世の中に生み出す。

東京に二店舗を展開するあるレストランでは、事業としてサービスを提供する以前から卓越した接客者と一流の顧客が一緒になってコンセプトを作り、サービスをはじめた。
卓越した接客者は接客の道のプロであり、たとえば一度のオーダーを取るのに立ち位置を数度変えるなど、それ自体はお客に満足をもたらすわけではないが、サービスを完璧に提供するために必要なあらゆる手段を駆使する。
理想のレストランを立ち上げるのに彼の存在は必要不可欠だった。

画像6

しかし注目すべきはこのレストランのオーナーで、彼は一流の顧客だった。
国内外の定評の高いありとあらゆるサービスを経験することに時間とお金を費やした。
レストランが開店してからも、お客に挨拶をしながらオーナーの役割を果たし、同時に自腹を切って毎日自分のレストランで食事をした。
あるお客や別のお客に混じり、会話を交わしサービスを楽しむことを続けた。
そして彼の経験と感覚は、サービス提供者である接客者の視点からだけでは決してもたらされなかったであろう要求を突きつけた。
つまりそのレストランの「顧客」満足を定義した。

そして今や、1週間前にこのレストランの予約を取ることはきわめて難しい。

前話: 02.卓越した接客者が一流の顧客を生み出す
次話: 第22章 01.接客とは何か?

・・・・・・・・

メディア・出版関係者のお問い合わせはこちらからどうぞ 
 ➔ info@esmose.jp

02.卓越した接客者が一流の顧客を生み出す

卓越した接客者のキャビンアテンダントは、自分の仕事をしたにすぎない。
彼女からすれば小さなミスや、まだまだこれではいけないと感じることがあったに違いない。
お客の中には多少の不満を感じた人がいたかもしれない。
しかしそれでも、彼女がサービスを最高に感じてもらうための接客を行い、それが見る人から見て「やはりこれは尋常ではない」と感じさせたことは事実として間違いない。

画像1

卓越した接客者は全員、自分がまだまだだということを知っている。
小さくてもミスがあり、100回のうち99回しか完璧にできないことを恥じであると信じている。
他の接客者と同じように、不備があればくよくよすることもあるし、誰かに話を聞いてほしいと思うこともある。

しかし卓越した接客者は本人がどう思おうとも、必ずある特定のお客によって客観的に観察されて評価される。
その人個人の感情によって感謝されるのではなく、その人が持つ「見る力」によって理性で評価される。

そのような判断のできる一流の顧客を、卓越した接客者は必ず生み出す。
生み出そうと思って生み出せるものではないが、必ず生み出される。
これが卓越した接客者の最後の条件になる。
彼らは結果として一流の顧客を生み出す。

画像2

それは卵と鶏の関係に似ている。
卓越した接客者の条件を満たし実践できるから一流の顧客がそれを評価するのか、一流の顧客に評価されるから卓越した接客者となるのか、厳密にはどちらが先であるとはいえない。

しかしここではっきりいえるのは、卓越した接客者は必ず一流の顧客を生み出し、彼らによってその存在が明らかにされるということだけである。
接客者自身が一流の顧客の存在を知っているか、知らないかは重要なことではない。
問題は一流の顧客を生み出していない接客者は卓越した接客者ではないというところにある。
それでは一流の顧客とはどのような人のことを指すのか。

画像3

卓越した接客者が必ず一流の顧客を生み出すように、素晴らしい接客者も彼らを「素晴らしい」としてくれるお客を生み出す。
しかし、素晴らしい接客者のことを素晴らしいと評価するお客が一流ではないということではない。

そもそも、お客として一流であるとか、二流であると決めるのは難しいだけではなく不可能だといえる。
一流と二流、二流と三流を分ける基準はないし、そもそもお客をそのようにランク付けすることが正しいとも思えない。

ここでは便宜上、卓越した接客者を見分けることのできるお客が稀であることから、そのようなお客だけを指して一流の顧客と呼ぶことにする。

そして彼らは、卓越者を卓越していると評価する一方で、素晴らしい接客者をやはり素晴らしいと評価する。
単純に「感動した」と伝えるだけのお客ではないと考えてほしい。
したがって彼らの最も大きな特徴は、接客者を観察し

画像4

ことで卓越した接客者を見分けるということにある。
このことを軸にして、一流の顧客は3つのことを知っているという特徴がある。

画像5

第1に一流の顧客は、喜びが生まれることを知っている。
一流の顧客は、自分が素晴らしい接客を受けたときに喜びを感じるだけではなく、他のお客にも喜びが生まれることを知っている。
他の人も自分と同じように喜ぶということを知り、ときには自分はそれほど喜びを感じないことであっても、他の人は大きく喜ぶことがあると知っている。
大きな喜びが生まれれば、小さな喜びが生まれることを知っており、目に見えやすい喜びがあれば、目を凝らさなくては見逃してしまいそうな喜びがあることを知っている。
1人の人に感動を与えることがあれば、複数の人に同時に大きな満足を感じさせることがあることを知っている。
つまり喜びには種類があることを知っている。

第2に彼らは、喜びは接客者によって使いこなされることを知っている。
もっとも見どころがないのは、サービスで決められたことだけを行うことで喜びを生み出している接客者で、喜びを使いこなすどころか、決められたことしかできないという意味で、このような接客が最低であることを知っている。

画像6

次に深い喜びを生み出すことができる接客者がいることも知っている。
サプライズやストーリを作ることでお客を感動させる接客者や、単純作業の仕事でありながら、お客の様子を見て気の利いた一声をかけることで満足を生み出す接客者がいることを知っている。

その接客者はお客を深く喜ばせるために、1人1人に対して喜びを使いこなすこととを知っている。
だからこの接客者が、1人1人に対して喜びを使い、それを継続するタイプであるということを知っている。
逆に、全体に対して喜びを使いこなすことができる接客者がいることも知っている。

お客個人の喜びを目的とせず、新幹線の添乗販売員のように、その日の客層によってトレイの商品を組み替えることで満足を生み出すことや、キャビンアテンダントが全員の名前を覚えるなど、はじめからお客全体にストレスを感じさせない方法で接客を行う者がいることを知っている。
それは1人1人に喜びを与える接客者とは違い、見分けるのが難しいことも理解している。
この理解はつまり、卓越した接客者を見分ける目になる。

最後に一流の顧客は、卓越した接客者によって一流の顧客が生み出されるということを知っている。
卓越した接客者によってサービスを受けたとき、感性の高いお客は喜びの種類が違うことに気がつく。
そしてそのような喜び(たとえば全体に対しての喜びや、準備によってストレスを感じさせない喜び)があるということを知る。

画像8

多くの喜びを知り、それをどのように使いこなすタイプの人(接客者)がいるかということを知れば、そのお客は一流の顧客になる。
こうして一流の顧客が生まれるということを知っている。
そして、この方法で一流の顧客が生まれる前提にあるのは、卓越した接客者の接客である。
ともあれ、一流の顧客は卓越した接客者の下で生まれるということ(あるいは、生まれているということ)を知っている。

画像7

全ての卓越した接客者は、このような一流の顧客によって支えられている。

前話: 01.感謝の手紙が教えてくれること
次話: 03.ガチョウと金の卵の関係

・・・・・・・・

メディア・出版関係者のお問い合わせはこちらからどうぞ 
 ➔ info@esmose.jp

01.感謝の手紙が教えてくれること

「ありがとう」の言葉ほど、接客者の心を温か包み込んでくれるものはないように思う。
接客の場面で口にしてくれても嬉しいけれども、やはり改めて手紙やメールが送られてくるとより嬉しいに違いない。

お客が改めて手紙やメールを送るということは、本当に感じるところがあったのだということの証明でもあるし、わざわざ書いて送ってくれるという手間をかけてくれたという意味がある。

画像1

ほとんどのお客が後になってからわざわざ時間をかけて送るのがクレームであることを考えると、このような感謝の手紙とメールは、1人の人間としてもとてもありがたい。

普通あまりもらうことのないこのような手紙が、本当は何を評価して、何を生み出しているかを正しく知っている人はほとんどいない。
もちろん、手紙以外の場面からも何かが生み出されることがある。
ここでは、その結論を探すのに3つの手紙を取り上げて考えてみたい。

<手紙1>
先日は、最高の滞在をすることができ、私たち夫婦にとっても素晴らしい思い出となりました。
チェックインしてすぐに振る舞ってくださったウェルカムシャンパンですっかり気分はリゾートになりました。
海に沈む夕焼けはとても美しくて感激でした。
2日間の料理もイタリアン、和食と趣向が違って楽しめましたし、地の物の新鮮さが忘れられません。
翌朝のテラスでの朝食は某映画のような気分を味わうことができました・・・・・・

<手紙2>

先日の滞在は私にとって思い出深い最高のものとなりました。
まさか私の大好きな桃のタルトをバースデーケーキとして、しかも突然振る舞っていただけるとは思ってもいませんでした。
感激して言葉になりませんでした。
ろうそく代わりに、従業員の方が私を取り囲んで年の数の花火で彩ってくれたときは涙が溢れそうになりました。
後で聞けば、○○さんという方がさりげない話から桃のタルトのことを覚えていてくださったのですね・・・・・・

<手紙3>

先日の滞在ではお世話になりました。
食事時にうちの子供がわがままを言い出したとき、○○さんが膝を突いて一生懸命子供の話を聞いてくださったことがとても印象的でした。
その後、隣のテーブルで○○さんが、老夫婦の食後のドリンクのオーダーを受けているときに、確か「コーヒーは胃にもたれるかもしれませんから、そば茶をご用意いたしますか?」とおっしゃっているのを聞いて、素晴らしい接客だなと・・・・・・

画像2

1つ目の手紙はサービスについて、2つ目と3つ目の手紙は接客について書かれている。
サービスというのは接客だけではなく、全体の雰囲気や、サービスで取り決めている物事(ウェルカムシャンパン)、ハードの素晴らしさ(夕陽が見えるように設計されていること)、基本サービス(地のものを使った食事、テラスでの朝食)について、全体的にどう感じたかを書いていることがわかる。

このような手紙を頂くことができれば、接客者はもちろんオーナーやマネージャー、料理人の全てに喜びを与えてくれるだろう。
サービスについて書かれた手紙は、お客のサービス利用に対する正しい理解を生み出していることがわかる。

画像3

サービスをブランドにしてくれるお客を数多く抱えているということは、接客者も誇りを持ってサービスを提供することができるし、お客も安心して接客を受けることにつながる。

お客の手紙が、素晴らしい接客者と卓越した接客者を生み出す。
2つ目の手紙と3つ目の手紙は、どちらも接客について書かれている。
その違いは一体何なのか。

画像8

2つ目の手紙では、手紙の送り主であるお客が、ある接客者の機転で忘れられない誕生日を過ごすことができたことについて、感激している様子を伝えている。
3つ目の手紙は自分の子供と隣の老夫婦への対応を見て、素晴らしいと評価していることがわかる。

2つ目の手紙は

画像4

で、彼女がどう思い感じたかということを伝えている。
これに対して3つ目の手紙では、

画像5

を伝えている。

2つ目の手紙は素晴らしい接客者を生み出し、3つ目の手紙は卓越した接客者を生み出す。

素晴らしい接客者は、プロセスによって顧客満足を感じてもらうことに注力している。
この場合だと、さりげなく「桃のタルトが好き」であることを覚えバースデーケーキにアレンジしたことや、アイディアを働かせて従業員が年の数の花火で祝ったことなどが挙げられる。

画像6

さらに、お客に喜んでもらうという目的が上手く果たされている。
お客は感激し、おそらく感動し、最終的に良かったと喜んでくれたに違いない。
実際に2つ目の手紙として感謝の気持ちを伝えてくれている。

このような手紙は素晴らしい接客者を生み出す。
手紙の内容はお客自身が「私は感激しました」という主観でありながら、その意味は「あなたは素晴らしい接客者です」と証明してくれている。
素晴らしい接客者はこうして生みだされる。

卓越した接客者は成果の追及によって、顧客満足を得ようとする。
それはサービスを的確に完璧に提供することであって、お客に喜んでもらおうとすることが目的ではない。
この場合だと、サービスを満喫してもらうために子供の様子に気を配り、老夫婦が後でサービスに不満足を覚えないように(もちろん彼らにも気を配って)そば茶を勧めている。

画像7

サービスを利用している食事の時間を楽しんでもらい、サービス提供の後に不備が生じないように一部分を変更(そば茶に変更)している。
お客は、接客者の対応そのものには深い感動を覚えないかもしれない。
しかしサービス全体を完璧にする接客という目線で見れば、素晴らしいということがわかる。

3つ目の手紙はこのことを気づかせてくれる内容になっている。
「あなたは素晴らしい(実は、卓越した)接客者です」ということを客観的になぜ、どうして素晴らしいのかということに気がつくことのできる人だけが、はじめて評価することができる。
卓越した接客者はこうして生み出される。

卓越した接客者であるキャビンアテンダントは、あるフライトでエコノミークラスより1つ上のクラスのお客35人を1人で担当した。
彼女は35人の乗客の名前を全て覚え、名前で話しかけるようにしただけではなく、あらかじめわかっているお客のドリンクの好みを頭に入れていた。
たとえばあるお客はワインなら白が好きか赤が好きか。
別のあるお客はコーヒーにミルクを入れるのか入れないのかなどを覚えた。
ある日本人男性のお客が、まず自分にそのような接客をしてくれることに興味と驚きを覚えた。
そしてキャビンアテンダントを観察すると、全員に等しくそのような接客を行い、誰かが特別であるわけではないことに気がついた。

画像9

後日帰りのフライトで、キャビンアテンダントはその日本人男性が搭乗するところを見かけ、名前を覚えていたので話しかけた。
日本人男性のお客は、前回のフライトで自分だけではなく全員に対して高い接客を提供していたことと、前回一度きりではなく今回も(つまり毎回)そのような接客を行っていることを読み取り、家に着いてから航空会社に感謝と評価の手紙を書いた。

彼女はこれとは別に回収されていた顧客評価のアンケートも併せ、日本人としてはじめて、そのヨーロッパ系航空会社で表彰された。
日本の事務所にはしばらくの間彼女の写真が飾られ、直接対面したことのない後輩のキャビンアテンダントの間で伝説となった。

前話: 第20章 10.卓越者が行っている感性を磨く方法
次話: 02.卓越した接客者が一流の顧客を生み出す

・・・・・・・・

メディア・出版関係者のお問い合わせはこちらからどうぞ 
 ➔ info@esmose.jp

PAGE TOP