06.社会貢献するシステム

「社会の不備を解消することで社会貢献するシステム」というのは、サービスは

という前提がある。
対象が人基準ではなく、社会基準になる。
そしてその不備の解消は、顧客満足や売上げによる評価ではなく、社会に対する貢献度によって評価される。

サービスはそれが生まれたはるか昔からずっと、社会の不備を解消することで社会貢献するシステムだった。
社会の不備を解消するだけのものではなく、単なる社会貢献のシステムでもなかった。
社会の不備を解消する社会的なシステムだった。
現代のサービスも、不備を解消するということが活動の基礎になる。

たとえば、文房具などの消耗品をネットで注文することで、翌日にペン一本から届けてくれるサービスがある。
これは入手したい側のお客にとっては、「明日」「ペン一本が」「足を運ばなくても手に入る」という3点セットの条件を満たしてくれるものである。

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このサービスが生まれる以前は、その状態を満たすべきであったのに、実際には満たされていなかったという不備があったとことになる。

レジャーなどの娯楽産業にも同じことがいえる。
人びとは、デートや家族で楽しい思い出を作るために遊園地に行く。
これは不備を解消しているのではなく、満足感などの新しいもの(気持ちなど)を生み出しているようにも思える。
しかし、世の中から全ての遊園地が消えてしまうところを想像してみてほしい。
そうなったときにはじめて、不備が浮かび上がってくることがわかる。
巨大な敷地で、様々な乗り物によって興奮や擬似の恐怖体験を味わうことができなくなったとしたら、その状態は現代社会の大きな不備になってしまう。

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「サービスとは何か?」を考えるときは、「社会の不備を解消するもの」というスタートラインを知っておいたほうがいい。

逆に、顧客満足や不満足の解消を基準にしてしまうと、サービスの正しい判断することが難しくなる。
なぜなら、各個人の感情は完全に解決したり、満たしたりすることができないからで、人によって結論や意見が異なるものは目的にできないからである。

しかし、だからといって、社会システムの全てがサービスであるわけではない。
たとえば、法と法律は社会のシステムだがサービスではない。
ただし検察、裁判、六法全書の刷新などは全てサービスである。
また、暦は社会のシステムである。
1年は365日、1週間は7日、1日は24時間と決まっている。このシステムはサービスではない。
しかし、グリニッジを標準時として各国で時間と時差を取り決めそれを守ること、正しい時間を伝えること、時計を流通させることはサービスである。

法、法律、暦は社会基盤となるルールである。
長さの単位、気象の単位、通貨、金融マーケットなども同様にサービスではない社会システムである。
それは基準でありルールであり、だからこそ自分では活動しないという特徴がある。

このような基準によって、継続的に運営され活動するものがサービスである。

検察、裁判、六法全書の刷新、時間を伝えること、時計の流通はサービスで、他にも定規の販売、地図の製図と販売、天気予報のお知らせ、通貨の両替、金融商品の販売などもサービスである。

ルールや基準だけでは物事は動かず進まない。
それを動かし、実際に不備を解消することで活動が継続していくものがサービスの特徴である。

社会システムとしてのサービスの評価は、貢献度で測る。
定量的に測るのではなく、

に測る。
貢献度が高いほど、社会にとって必要なほど、サービスは長生きする。
たとえば弁護士は、古代ローマの時代既に存在していた。しかし同じように発達した文明を持っていた古代中国では存在していなかった。
長い歴史を経て弁護士は社会的により重要となり、より深く広く貢献するようになったことで発展し、現在も活動している。

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東アジアから西ヨーロッパまで数千年に渡って存在した、宦官という職業は現代では消えてしまった。
宦官は、男根を切り落とすことで王の後宮の管理運営を行ったり、時には政治に参入したりする役職の、いわゆる政治家である。
日本ではついに存在しなかったためになじみが薄いが、世界史の中では西洋でも東洋でも度々顔を見せる。
この職業が消えてしまったのは、社会システムとしての貢献度がなくなっってしまったからに他ならない。

職業に限らず、業界という視点もある。
たとえば建築業は、古代からほぼどの国でも存在した。
一企業が長い年月を生き残ることは難しいかもしれないが、現存する世界最古の企業が、建築を扱い(口伝であるにしても)西暦589年に事業を開始し、現在も存続する金剛組という会社であることは意外に知られていない。
サービス存続には社会貢献度が影響をあたえるという実例だといえる。

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100年前であれば紡績が社会に対して大きな貢献を果たした。
現在のような株式市場があったとしたら、紡績関連業の株価は右肩上がりに上がったに違いない。
しかし現在では、紡績業が100年前のような姿で社会貢献していると考える人はいない。
同じことは炭鉱にも製鉄も当てはまる。

しかしどの産業も経済的な貢献が低下しながら、現在も社会に大きく貢献はしている。
炭鉱を除けば、実は生産量も100年前よりはるかに増加している。
しかし、現代社会全体への貢献度は下がっている。
炭鉱に至っては、もはや現代で社会貢献することはほとんどない。

企業がサービスを提供するとき、その産業が社会に貢献し続けられるかどうかによって、企業の寿命に大きな影響を与える。
事業の貢献度はもちろん大切だが、産業全体の貢献度により大きく依存する。
金剛組が異例にしても長寿を誇り、現在の日本で建築会社が大小目白押しで存在するのは、建築業がいつの時代も必要とされるサービスであることと密接に関係がある。

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誤解してはいけないのは、これらのサービスが儲かる、大企業になる、とは必ずしも言えないということにある。

儲かる、大企業になるというのは商売上の問題であり課題である。
サービスの評価はあくまで貢献度で判断し、それを見分けるための特徴として業界、職業が発展・発達する可能性が高い場合は、寿命が長い傾向にあるということである。

逆に、サービスの評価は収益性や顧客満足で決まるものではないともいえる。



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